物語ノート

「感動」はどう生まれるのかを考える

ストーリー作りを考えていると「人はどういう時に感動するか」が大きな疑問としてある。

もちろん、個別にはいろいろあるのだけど、普遍化していくと、どうなるかを考えたい。

とりあえず、ぼく自身が感動する時を考えてみると、「人間の強い意志を見た時」にだいたい感動している、と気づいた。

意志の描かれ方

「意志」自体は目に見えないので、ストーリーで描くときは、ストーリー上の展開やアクションとして描く必要がある。

だいたいこんなバリエーションがあると思う。

・避けていたことに立ち向かおうと決心する(成長)
・長い時間なにかを継続する / 何があっても揺らがずに貫く(信念)
・自分の命やお金、地位を投げ出して、誰かのために行動する(献身)

自分が感動した映画や漫画の場面を思い浮かべれば、だいたいこれらのどれかに当てはまるのではないだろうか。(違うパターンもあるかな?)

この感動パターンについて考えることもできるけど、まずそもそも「意志」ってなんぞや、という疑問が湧いてきた。

「意志」の定義

それでちょっと検索してみたのだけど、コレ、なかなか深い問題のようだ。ウィキペディアではショーペンハウアーなどを引きながら、いろいろ解説している。また各学問分野によっても、いろいろんな定義や意味づけがあるようだ。

たしかに、「意志」っていうのはよくよく考えれば不思議な言葉だと思う。

これ自体とても興味深いのだけど、今は物語の「感動」との関係で考えたいので、そこにいくのはやめておく。

とはいえ、「意志」は「何かを行う/行わないという強い思い」みたいな表層的な定義をしてもしょうがない。

これは「意志」が「思い」に置き換わっただけで、大して意味のある定義じゃない。

物語について考えるための「意志」の定義が欲しい。

ちょっと逆から考えてみる。

なぜ、「意志」を見ると感動するのか。

それは、それが日常ではありそうもないことだからじゃないだろうか。

ぼくたちは、避けられるなら自分の問題に立ち向かったりしないし、面倒なことは継続できずに辞めてしまうし、自分の命や財産を投げ出して人を救ったりしたりしない。

というか、そもそもそういう状況に陥ることがない。

物語が物語足り得るのは、こういう日常では陥らないはずの状況に主人公が陥るからだ。「ストーリーを推進するためには主人公を追い込め」とよく言われるのは、この物語の原理があるからだろう。

その状況の中で、主人公が日常ならありえないような(観客が驚くような)選択をする。その選択の背後に感じられるのが主人公の意志であり、観客はそれに感動する。

こう考えてみると、「意志」とは、「ありそうもないことを起こす力」と言えるかもしれない。

ほっとけば水は上から下に流れる。これが「ありそうなこと」だ。ポンプを作って、水を下から上に流せば「ありそうもないこと」が起きる。そこに人間の意志がある。科学っぽくいえば、エントロピーの増大に逆らう力なのかもしれない。

でも、ポンプで水を汲んでる主人公を見たって感動しない。

感動のために(物語のために)必要な「意志」は、人間の心に関する「ありそうもないこと」でなければいけないはずだ。

(「心」という言葉自体が曖昧なのは分かっているけど、これもまた、ここでは考えない)

例えば、こういうことは普通は「ありそうもない」ことだ。

・自分の命より他人の命を優先する
・自発的に自分の得にならない苦労をする/責任を取る
・子供が我慢強く何かを辛抱する
・美人やイケメンより平凡なルックスの相手を選ぶ
・絶望的な状況でも諦めずに行動する
・餓死寸前だけど食べ物を人に分ける
・大恥をかくことを恐れず行動する(他人の目を気にしない)
・痛みに耐えて行動する

こういう「ありそうもないこと」が起こるシーンは、人を感動させる可能性があるシーンだと思う。これを物語上の「意志表示」と名付けておこう。

ざっと何も考えずに、思いつくまま上の例を挙げたけど、これらも分類できそうだ。

・動物的欲求を超える(自己犠牲、資源を分ける…)
・期待以上の力を発揮する(子供の頑張り、痛みの我慢、逆境での強さ…)
・独自の価値観に従う(ルックス以外の価値、他人を気にしない確固たる自己…)

テクニック的に考えれば、これらの「意志表示」を、上で書いた「展開(成長、信念、献身)」と掛け合わせれば、感動シーンは作れそうだ。

つまり、クライマックス近辺で、登場人物に「意志表示」させながら、物語が「展開」すればいい。

例えば、「独自の価値観に従う」意志表示によって、「信念」を見せる展開をクライマックスに持ってくるとどうなるか。

わりと平凡な主人公(女性)がいる。主人公の彼氏が、最近美人に誘惑されている。なんやかんやあって、フられるかと思いきや、彼氏はその美人よりも主人公を選んでくれる。

これは、彼氏が「美人という一般的な価値」ではなく、「平凡な彼女が持っている価値」の方を重視した(=独自の価値観に従った)ということ。美人ではなく彼女を選択することで、誘惑があっても一貫して彼女を好きでい続けたという「信念」が彼氏の意志表示によって示される。

これは主人公ではなく、その彼氏がストーリーを展開させるパターンだけど、演出次第では感動的なシーンになると思う。っていうか、こういう少女漫画多そう。

例えば、こういうのもあり得る。

へなちょこな主人公がいて、仕事を任されそうになると逃げてばかりいる。なんやかんやあって、クライマックスで追い詰められた主人公がリーダーシップを発揮し、全力であるプロジェクトを実行、成功させる。

これは「期待以上の力」が発揮されることで、主人公の強い意志が示され、主人公が「成長」する展開になっている。

映画『ロッキー』はこのパターンに当てはまると思う。

映画『インディペンデンス・デイ』のラストでは、それまでダメダメっぽかった男が、宇宙船に特攻して人類を救うシーンが感動的に描かれている。

これは「動物的欲求を超える」意志表示によって、「献身」が展開し、観客を感動させるパターンだと言える。

まとめ

考えながらつらつら書いてきたので、議論としてはざっくりしているけど、ひとつの思索として。

意志は、「ありそうもないこと」を起こす力。そして物語にとって重要なのは、人間の心に関する意志。

それは「動物的欲求を超える」「期待以上の力を発揮する」「独自の価値観に従う」の3つで示される。(この3つはもっと考える必要がありそう。1つ目と3つ目は実は微妙に矛盾する可能性がある。細かい話はまた今度)

そこで、最初の疑問を考えてみる。

「好きな人とお近づきになりたい」は、人間は遺伝子を残すためにほっといても誰かを好きになりそう(=ありそうなこと)なので、動物的欲求だと考えられる。「お近づきになりたい」と思っているだけなら、それは意志ではない。

しかし、好きな人に告白する場合、それは意志表示だと言える。

「フラれたらどうしよう」「心地いい関係が崩れたらどうしよう」「周りに馬鹿にされたらどうしよう」

こういうネガティブな考えに屈して告白しない方が「ありそうなこと」だ。にも関わらず、これらを跳ね除けて告白するとすれば、そこには意志がある。

告白は多分「成長」展開で、意志の種類はストーリーによって、「期待以上の力」か「独自の価値観」のどっちでもあり得ると思う。

こう書いてて思うけど、感動させるためには、「ありそう」か「ありそうもない」かの判断基準を、作り手と観客が共有する必要があるはずだ。

作り手が「ありそうもないことが起きて感動的だ!」と思っても、観客が「いや、フツーそうするでしょ」もしくは「いや絶対あり得ないでしょ」と思ったら感動は生めない。

この判断基準を合わせるためにこそ、キャラクターの描き方や演出が重要になってきそう。「ストーリーに乗れなかった」系の感想は、ほぼこの判断基準のズレに起因しているのかもしれない。

しかし、そういう具体的な話は置いておいて、今回はあくまで概念的な話として。

ストーリーテクニック的には、「意志表示」によって、主人公が「成長する、信念を持つ/貫く、献身的に行動する」場面を描けば、感動的なシーンになるのではないかと思う。

蛇足:

これも書いてて思い出したんだけど、たしか『ワンピース』に、船とお別れするシーンがあった気がする。

ぼくは『ワンピース』読んでないのだが、ジャンプを回し読みしてたことがあって、その時にチラッと見た覚えがある。

ストーリーの流れを知らなかったので、ぼくは特に感動しなかったけど、ストーリーを追っかけてきた人にとっては泣けるシーンだろうなぁ、とは想像できた。

あの感動は、ここで考えた感動には当てはまらない気がする。

意志によらない感動。これもこれで考えたいけど、ぼくが知っているサンプル数が少ないので、今は考えようがない感じ。