映画

ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ -渋いオジサンと訳あり少女、勝手な権力と男の友情-

概要

アメリカの商業施設で爆破テロが発生。メキシコの麻薬カルテルが犯人ら活動を手助けしたと判断したアメリカ政府。報復のため、カルテル同士の抗争を引き起こす作戦を実行する。

CIAのマットと、その相棒アレハンドロは、メキシコ国内であるカルテルの娘を誘拐。アメリカ国内で一時保護し、別組織の犯行であるよう見せかけたあと、娘をメキシコへ返す計画だったが、護送中に汚職警官らに襲われ、さらにマットらを怪しんだ娘は銃撃戦に乗じて荒野の中へ逃げてしまう。

マットらはアメリカへ引き返し、アレハンドロは娘を追い、捕まえる。アメリカへ戻ったマットはアレハンドロらの救出を進言するが、先のテロ犯がカルテルと無関係だったことが分かり、メキシコとの関係悪化を案じた政府は作戦中止を決定。マットは事情を知る娘とアレハンドロの暗殺を命じられる。

アレハンドロは娘を連れ、密入国者にまぎれてアメリカへ入ろうとするが、面が割れて失敗。娘は犯罪組織に捕まり、アレハンドロは荒野の真ん中で処刑されてしまう。

みんなのレビュー

高評価

  • アメリカ上層部の陰謀に巻き込まれる様子や、不法移民ビジネスなど、興味深いテーマ
  • 渋い登場人物たちの寡黙な戦い、静かで緊迫感のあるアクションシーン
  • 権力に翻弄される主人公たち、守るべき人、絶体絶命のピンチなど、楽しみやすいストーリー

低評価

  • アレハンドロの性格が前作より丸くなり魅力が薄れた。またストーリーもリアルさより娯楽性を優先したものになり期待と違う
  • 問題がコロコロ変化していき、一貫した軸のないストーリー
  • 納得できない展開や、嘘くさい演出が目立つ

ナニミルレビュー

前作は、終盤まで陰惨な雰囲気で進んでいきながら、クライマックスは一転スパイ・アクションっぽい演出になって、「アレハンドロつよっ!」と言わずにはいられないエンタメ感を出していた。

本作は、あの前作のクライマックス部分の感じを、2時間のストーリーに仕上げたものだった、という印象。

まず、前作ではアレハンドロのカルテルに対する「恨み」が彼のキャラクターを深めていたし、同時にストーリー内で描かれる容赦ない“捜査”に説得力を与えるものになっていた。

「酷い現実とその被害者」という対立があることで、陰惨なストーリーながら、復讐劇のカタルシスがあった。

本作では、アレハンドロのその内面はあまりストーリーには絡んでこない。台詞の上では、「やつはカルテルを憎んでいる」的な言葉が出てくるのだが、カルテルのメンバーに憎しみを容赦なく叩きつけるようなシーンはない。

これは、本作のストーリー上、アレハンドロが追う側でなく追われる側なのが原因だ。前作が「どう相手を叩きのめすか」というストーリーだったのに対し、本作は「どう生き延びるか」というストーリーになっている。

だから、アレハンドロの「恨み」はストーリー上、特に必要ではなく、だから強調もされないし、それに伴うカタルシスもない。

ストーリー上「恨み」は必要ないのだから、なくても別にいいのだが、それは前作のような復讐劇の面白さがなくなることを意味するし、アレハンドロというキャラクターの魅力も落ちてしまう。

そこのところで前作の良さが本作では欠けている印象はぬぐえない。

前作では、新人のケイトという登場人物によって、観客の視点をストーリー内に導入していた。

違法な捜査を繰り返すマットとアレハンドロに対し、あくまで正当な捜査を主張するケイト、という構図。

つまり、前作では、アレハンドロは観客にとっては向こう側の存在であった。ケイトに共感しつつ、何者なのか分からないアレハンドロを見て、ときに暴力的、ときにジェントルマンな、ミステリアスな雰囲気こそアレハンドロの魅力だった。

ということで、アレハンドロが人気なんだから、アレハンドロを主役にしよう、という発想は分かるのだが、しかし、アレハンドロを主役にしたことで、向こう側の存在であったアレハンドロはこちら側に来てしまい、その神秘性が薄れた。

また、前作ではアレハンドロはカルテルを潰すために法を犯したり、超法規的な要請を行使させる存在であった。つまり、アレハンドロは自分の復讐を果たすために権力を利用する側だった。

そんな彼が、本作では権力に翻弄される側になる。彼を主役にし、彼がピンチに陥り、彼が奮闘する、彼が主人公のストーリーを描くのだとすれば、たしかにこの力関係は分かりやすい。だが、前作で描かれていた、異様な彼の強さは薄れてしまった。

主人公として問題に直面する立場にするため、彼の魅力の大部分が削がれてしまった。

本作では、カルテルのボスの娘:イザベルとの交流が描かれる。

中年の殺し屋と訳あり少女は、『レオン』的な王道な面白さがある話で、アレハンドロのジェントルマンな側面を引き出してはいた。

また聾の家族との交流などもあり、とにかく本作のアレハンドロは優しいおじさんという雰囲気だ。

それはまあ、いいのだが、単に優しいだけならば、アレハンドロでなくてもいいのではないか、という感じもする。

彼のジェントルマンな魅力は、真っ直ぐな暴力性の間に見え隠れするからこそ、前作では魅力的だったのだ。本作では暴力的な部分がほぼ描かれないので、単に優しいおじさんという感じで、単純なキャラクターになってしまっている。

そしてイザベルは、登場シーンこそ鮮烈で、独自の雰囲気があって良いのだが、単に大きな陰謀に巻き込まれた被害者の少女であり、その立場も最後まで特に変わることもない。

アレハンドロが彼女を助けるのも、罪のない少女を犠牲にするのは忍びないから、という一般的な道徳観以上のものは感じられず、やはり影の薄い存在になってしまっている。(もちろん、実の娘とダブったからというのは分かるのだけど)

そういう意味では、このストーリーだと、主人公はアレハンドロである必要はないし、少女もイザベルである必要もない、という感じがしてしまう。

この映画単体で観たときに退屈な映画だとは思わないのだが、やはり前作でのキャラクターの良さがあってこその続編なんだろうと期待してみているから、「このキャラクターじゃなくてもいいのでは?」というのは結構致命的。前作ファンの期待には上手く応えてくれなかったな、という残念感がある。

アメリカ・メキシコ国境を舞台とし、麻薬カルテルとの戦いを絡める、という前作で敷いたレールの上で、アレハンドロを主役にした映画を作ろうとしたのは分かる。

だが、やっぱり、単にアレハンドロが出てれば良いってわけではない。なぜアレハンドロというキャラクターがあんなに魅力的だったのかをあまり顧みずに、ストーリーとして成立する話にしたら、この内容になった、という印象。

ストーリーも話が転々としていて、最初はテロとの戦いだったものが、それは間違いだったとなり、その後は敵地に取り残された男のサバイバル物になる。前半と後半で別々のストーリーになっており、それもちょっと乗り切れない。前半後半を繋ぐ少女との交流もいまいちなわけだし。

アレハンドロの魅力が十全に描かれていれば、ストーリーがそれほどしっかりしていなくても問題なかったと思うのだが、前述の通り、彼の魅力は半減。そしてストーリーも少し難があるとなれば、すごくいい映画だ、というのは難しい。

といいつつ、別に退屈したわけでもなく、緊張感のあるアクションシーンは良かったし、カルテルの仕事に関わった少年がだんだんと落ちていくサブドラマも悪くなかった。

渋い雰囲気のアクション映画として、良作だと思う。

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