概要
主人公ハイディは帰還兵の社会復帰をサポートする施設で働くケースワーカーだったが、すでにこの仕事を辞めており、その施設自体もすでになくなっている。
ハイディが職を辞してから4年後、国防省のカラスコはこの施設に関する苦情をきっかけに、施設の実態調査を開始。ハイディを訪ねるがハイディは口を閉ざし、謎が深まる。
実はハイディ自身にも当時の記憶がなく、カラスコとハイディ、両者の視点から、過去この施設で何が起きたのかに迫っていく。
レビューの印象
高評価
- 静かなドラマを上手い演出で撮り、派手さはないが温かな結末
- 不穏な演出で描かれるさまざまな謎にひたすら興味を惹かれながら見られる
- 帰還兵についての問題を考えさせられる
低評価
- PTSDの描き方など、設定優先で不誠実に感じるところがある
- 無闇に謎を引っ張る演出のわりに、結末が陳腐・予想を下回るもので肩透かし
- 全体的にモタモタした印象で、内容のわりに長い
ナニミルレビュー
演出の面白さが際立ったドラマだと思った。
同時に、このドラマを最後まで見ると、肩透かしを食うかもしれない。
というのも明かされる謎が想像以上にしょぼいというか、国家が関わる陰謀じみた出来事をモチーフとしているわりには、こじんまりとした結末を迎える。
すごくミニマムで、「ああ、なんだそんなことか」と思って見終わる程度のお話なのだ。
じゃあそれがつまらないかと言えばそんなことはない。いや、そう思う人もいるだろうけど、ぼくは面白かった。
まず、最初はとにかく、不思議な雰囲気と不可解な出来事の連続で、調査をするカラスコと共に「何が起きたんだ?」というミステリーにどっぷりつかれる。
中盤以降、ことの実態が分かってきてからは、それぞれの思惑がからまるサスペンスとして展開していき、シンプルな敵味方の攻防になるのでそれも面白い。
教科書的な面白さのある作品だからこそ、結末の小ささが特異に感じる。
というのも、この設定で、この語りのうまさであれば、いくらでも話を大きくすることはできただろう、という感じがするから。
主演も大物ジュリア・ロバーツだし、もっとハリウッドっぽい、いかにも大げさなストーリーになっていた方が自然な感じがする。
そのポテンシャルを感じるからこそ、「あえてミニマムなストーリーにしているんだな」という気がぼくはした。(かなり好意的なバイアスがかかっているとは自分でも思う)
すごく大きなストーリーに見せかけて、実は主人公ハイディの小さなドラマをメインに描いている。
実質的なストーリーの小ささと、設定の非現感(大作感)のギャップが不思議な作品で、新鮮さがあって面白かった。
(以下、ネタバレ)
このドラマ、ルックの良さとはうらはらに、けっこうB級感がある。
設定も取ってつけたようだし、必ずしも説得力があるとはいえない行動や、ご都合主義な展開も多い。
「ふと気になって探したら証拠が出てきました」みたいな、視聴者がストーリーを投げ出すパターンのやつだよっていうところもある。
主人公ハイディに記憶がないのも「記憶を消す薬があった」という、意外性が最も希薄なもので、この施設の目論見も大変分かりやすく悪者的。そして黒幕も大きすぎず、問題も根深すぎず、終盤になるとわりとあっさりと解決していく。
そのあたりからして、このドラマは、この「事件」の面白さや、解決に至る知的興奮、悪役を倒すスカッと感を全力で描こうとしているわけではないだろう、と想像できる。
ミステリーを引き起こす事件は、あくまでハイディのドラマを描くためのベースであって、ミステリーやサスペンスがメインの作品ではないのではないか。
にもかかわらず、演出によって、そこが面白さであるかのように、また設定もすごく考え抜かれているかのように錯覚してしまう。
それはすごいんだけど、冷静に見ると、肝心の事件自体はいろいろめちゃくちゃな展開が多い。やろうと思えばつまらないツッコミはいくらでもいれられると思う。
だから、そこに重きを置いてみると、見終わってイラつく人の気持ちも分かる。でもぼくは面白かったので、そこの面白さではない面白さがあったんだと思ってレビューしている。
では、ぼくがメインだと考えているハイディのドラマは何か。
それは彼女の贖罪だ。
この施設の真の目的は、帰還兵のトラウマや辛い記憶を消し、再び兵士として戦場に送り込めるようにすることだ。
施設を運営する企業ガイストは、記憶を消す薬を開発しながらその施設で実験しており、ハイディはこの事実を知らずにカウンセリング業務を行っていた。
だが働くうちに実態が分かり、自分のせいである兵士の記憶が失われたと知る。
ハイディは自身もその薬を摂取し、仕事を辞め、そして4年が経っている。
だから、ハイディには施設での記憶がなく、それによって、ドラマ前半のミステリーが成り立っている。
探偵カラスコの調査によってハイディはこの過去に向き合うことになる。
ストーリーを通して、ハイディは記憶を取り戻し、施設の責任者に接近していく。
この設定であれば、兵士を搾取する国家をハイディが告発する展開とか、そもそもハイディの記憶ももみ消しのために強制的に奪われたものであるとか、どんどん敵が強大になってどうにもならなくなるとか、そういう大きな話を期待すると思う。ぼくは期待した。
しかし、このドラマはそういう「大きな力」とはほぼ無縁で、ハイディの敵は自分勝手な小金持ちの元上司。あまりにもしょぼい男である。
探偵カラスコも熱意をもって事件を調査しているわけではなく、なんとなく調べ始めたら気になってやめられなくなった、という程度であり、カラスコはあきらかにストーリーを推進させるためだけに存在しているキャラクターだ。
カラスコがいなければハイディや敵役が行動するきっかけがないから、狂言回しをしているだけっていう感じ。彼の推理が面白いという場面は基本的にない。
ドラマ最大の謎であるハイディの記憶の欠如も、彼女自身が罪の意識から自分でやったということで、個人を圧倒する巨大な力なんて何もなかった。
一応、このしょぼい上司はクライマックスでちゃんと社会的制裁を受けるので、そういう意味では悪者退治はしている。だが、退治してそれで大満足っていうほどの悪者では、そもそもないのだ。
では、結末はなにかというと、ハイディが記憶を消してしまった青年(つまり被害者)のもとを訪ねることが、最後の結末になっている。
そう、このドラマが描きたかったのは恐らくここで、悪を滅ぼすことではなく、ハイディが自分の罪に向き合うことである。
すごく大きな話に見せかけておいて、実はストーリーの核になっているのは、このハイディの「彼に謝りたい」という、すごく個人的な、小さな感情と良心。その実現なのだ。
これは、個人的にはすごくいいと思った。
ハリウッド的な大きなストーリーを語るテクニックを存分に使って、視聴者にその期待感を持たせつつ、そのうえですごく小さなドラマを最後に見せる。
視聴者は、とかく大きな話、最強のヒーロー、倒せない巨悪、大スペクタクルを期待しがちだけど、いやしかし、こういう小さな個人の良心にこそ注目すべきでは、と言われているような感じがした。
大きなストーリーを期待させ、それをあえて裏切り、対比的に小さなドラマに注目させる。普通に考えて、下手したらしょぼいと思われかねないやり方だと思う。
大きなストーリーはあくまでハッタリだから、別に無理やりな展開があっても、ご都合主義があっても、それは重要ではない。逆に、そんな無理やりな展開ですら、演出のうまさがあればカバーできてしまうことも示されている。
大きな話の目くらましではなく、小さな個人の本心を最後に持ってくる。
感情が伝播して、個人の感情が大きなストーリーと結びつきやすいSNS社会の今、逆に大きなストーリーの中の小さな個人の感情を拾い上げる構成をとっている。
なるほど、こういうストーリーの作り方・見せ方もあるんだなと、とても興味深く見た作品。
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