概要
ボストンで便利屋として働くリーは、兄ジョーの死をきっかけに地元マンチェスター・バイ・ザ・シーに戻る。
リーは遺品整理屋や葬儀の手続きを済ませてボストンに帰るつもりだったが、ジョーの遺言によって、自分が甥っ子パトリックの後見人に指名されていることを知る。
リーは地元で過去に重大な事件を起こしており、そこはリーにとって長居したくない場所。しかしパトリックにとっては人生の全てがある場所であり、2人はどこに住むかでケンカする。
リーは葬儀の手続きを進めながらパトリックの世話をし、2人ははだんだんと絆を深めていく。
レビューの印象
高評価
- 不幸を乗り越えられずに過ごす主人公の佇まいが素晴らしく、背景となる街の雰囲気もストーリーとマッチしている
- ある出来事を乗り越えられない人間の弱さを、優しく受け入れるメッセージ性が感動的
- 日常がしっかり描かれており、主人公たちの生活に共感できる分、ストーリーに入り込める
低評価
- 暗くて救われない気持ちになる
- 展開が地味で退屈さを感じる
- 伝えたいことは分かるが、自分と境遇が違いすぎて共感できない
ナニミルレビュー
オススメ度:A
こんな気分の時オススメ:寂寥感に包まれたい時。孤独に苦悩する男が観たい時。不遇な主人公が少し救われるストーリーが観たい時。
ポジティブ
重い事件を背景としつつも、すごく小さな話を丁寧に描いているのが良い。
静かで暗い印象だが、同時に穏やかな雰囲気がとても良く、ロケーションや、ちょっと田舎者っぽい純朴なキャラクターたちも魅力的。
とにかく生きる気力を感じさせないリーの佇まいが素晴らしい。こう無気力だと怒っても励ましても無駄だな、と思わせる説得力がある。
そのリーが、地元で久々にいろいろな人に再会する様子の細かい演出も凄くいい。大げさにではなく、ちょっとしたすれ違いや気まずさを自然に描いている。
ネガティブ
わかりやすく主人公が立ち直る話ではないので、ハッピーエンドはあまり期待しない方がいい。とはいえ、完全に暗い結末ではない。
かなり淡々とした展開で、あっと驚く何かがあるわけではない(リーの起こした事件以外は)。よって、細かい人間関係の機微の部分に乗れないと退屈に感じると思う。
鬱屈したリー
終始鬱屈した様子の主人公リーが印象的。
彼は過去に犯したある「事件」によって、重い罪を背負った男。
冒頭は、集合住宅の何でも屋として、リーが淡々と無表情で仕事をこなすシーンで始まる。人とまともに関わる気がなく、ただただ言われたことをやっているロボットのような、無機質で虚ろなリーが描かれる。
何でも屋の仕事は部屋付きだが最低賃金。訪ねてきた兄ジョーは、狭く、まともな家具もないリーの部屋を見て、「家具を買おう」と提案する、しかしリーは、その優しさにも反応しない。もう何にも関心が持てない、という倦怠感がひしひしと伝わってくる。
リーは、何度か女性にアプローチされるが、ことごとく無関心を貫き、さらに、バーでちらっと目があっただけの客にケンカを仕掛ける始末。
淡々と、全てを拒否し、全てに疲れ、気力を失ったリー。
「事件」後、突然、警察官から銃を奪って自殺を図るシーンは、彼の淡々とした絶望感を表す素晴らしいシーンになっている。
そして映画の結末としても、リーがはっきりと活力を取り戻すような、安易な結末は描かれない。
なんとなく希望を感じさせながらも、そうそう乗り越えられるような苦悩じゃない。その重たさをしっかり貫徹している。
社会から抜け落ちたリーの鬱屈ぶりを、最後まで誠実に描いている。
リーとパトリックの関係(ネタバレあり)
そんなストーリーでも少しだけ希望を感じられるのは、甥っ子パトリックとの関係のおかげだ。
兄ジョーの病死によって、リーは久々に地元に戻ってくる。地元はリーにとって暗い記憶の象徴で、長居したくない場所である。
弁護士からジョーの遺言を聞いたリーは、自分がパトリックの後見人に指名されたと知り困り果てる。
とにかく地元に帰る気がないリーは、パトリックを連れて自分の働くボストンに移り住もうと提案するが、人生の全てが地元にある思春期のパトリックはそれを嫌がる。
最初、この2人はお互いに厄介者として関係をスタートする。
リーにとってはパトリックは厄介な重荷、パトリックにとってリーは抑圧者。
2人はジョーの葬式や財産の処理のため一緒に過ごしながらも、今後の話をする度にケンカになる。
何も持たず持つ気もないリーと、全て(青春、友人、女性、未来)を持っているパトリックは対照的だ。
パトリックは、リーの仕事(なんでも屋)はどこでもできるような仕事なのだから、リーが地元に移り住めばいい、そうすれば自分は何も失わずに済む、とリーに迫る。
パトリックの苦しみは、持っているものを失うこと。プラスがゼロになることだ。
一方でリーは、どうしても地元に住みたくない。リーにとって地元はいるだけで辛い場所。
リーの苦しみは、さらなる苦しみに直面すること。ゼロがマイナスになることだ。
2人の考えは対立し、2人とも最初は、誰か他の親戚や友人がパトリックを養育するべきだと考える。
そこで、知人であるジョージや、ジョーと別れて行方知れずだったパトリックの母エリーズと暮らす可能性も考える。
しかしなんだかんだで上手くいかない。
ケンカばかりの時間を過ごしながらも、パトリックは、誰より本音で接することができるのはリーだと気づく。そして父の死後、いつも付き添ってくれているのもリーだ。
こうして2人の間にはだんだんと絆ができていく。
2人とも善良な人間ではなく、お互いに容赦ない関係性も、見ていて気持ちがいい。偽善的な雰囲気がないからだ。
例えば、パトリックがパニックになり部屋に閉じこもったシーンが、個人的にはとても気に入っている。
リーは、パトリックの部屋のドアを蹴破って「パニックの時に閉じこもるな」といい、「落ち着くまで一緒にいるから」と言う。そのリーに対して「もう落ちつた」とパトリックが迷惑そうに答える流れ。
コミカルな面白さがありながら、リーのぶっきらぼうさと、パトリックのサバサバした感じと、2人の関係性が見えるとても良いシーンだ。
同時に、パニックで自殺未遂をしたリーならではの優しさを感じさせるシーンでもある。
こうして良い関係性を築き始めた2人だが、結局リーは地元に留まる決心がつかず、しかしパトリックの気持ちも尊重して、ジョージを説得して、彼にパトリックを託す。
リーは完全に立ち直ることはできなかったが、しかしずっと人間関係を絶っていたリーは、ラストで「たまにはうちに訪ねてくるといい」とパトリックに話す。
これはリーにとっての新たな一歩だ。
この2人の関係があるから、この映画は微かながら希望のある雰囲気に仕上がっている。
リーは立ち直れなかったが、でも一歩進めた。
この一歩を丁寧に描いた映画なのだ。
余白としての、まごまごとした世界
観ていると、無駄なシーンが多いのも気になるポイントだ。
例えば、兄ジョーが亡くなった後の病院のシーンでジョージがティッシュを貰うシーンや、主治医だったべサニーに双子が生まれたという会話、ジョーの所有物が見当たらないという描写、また妻が乗せられた担架がスムーズに救急車に入らないシーンなど。
こういうストーリー的には必ずしも必要と思えないシーンや情報が、比較的多く目につくのもこの映画の特徴だ。普通だったらカットするようなシーンを、あえて描いている。
個人的には、この余白の部分によってできた、整然とし過ぎていない雰囲気が、とても良いと感じる。
この雑然とした雰囲気は「物語」に対して「日常」を感じさせる。
兄の死にまつわるドラマチックな出来事も、ただの雑然とした日常の中で起きていることなのだ、という雰囲気。
そして、リーが経験した「事件」もまさに、雑然とした日常の中で起こってしまったことなのだ。
だから、リーの救いもまた、この雑然とした日常の中にあるのかもしれない。
そういう意図をなんとなく感じる。
物語的に締まり過ぎていない、ドラマチック過ぎない雰囲気が、「リーの小さな一歩」というミニマムな結末=メッセージとマッチしていて、とてもいい。
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