概要
インドで、貧しいながら優しい家庭の中で生活する5歳の少年サルー。ある夜、駅のホームで兄を見失い、列車の中で兄を探すが、そのうちに列車が走り出してしまう。着いた先は言葉の通じないコルカタの駅。
危ない目にあいながらも保護され、施設で暮らすサルー。運良くオーストラリアの夫妻に養子として引き取られ、そのまま大学生になる。
ある日、偶然インドのお菓子を見たことで過去の記憶が一気に蘇り、故郷の母や兄に対する思いが高まる。友人に相談すると、グーグルマップで列車に乗った場所を割り出したらどうかと提案される。
おぼろげな記憶から、グーグルマップ内に表示される膨大な駅を見て回るサルー。故郷探しに没頭し日常生活が疎かになり、だんだんと孤独になっていく。オーストラリアの家族や恋人と、故郷の母や兄への思いの間で迷いながら、サルーは故郷の街を探し続ける。
レビューの印象
高評価
- 奇跡のような話で感動する
- 生みの親と育ての親、両方の親の愛が描かれている
- この映画に描かれなかった不幸な子供たちのことを想像させられる
低評価
- 母と別れ・再会するメインストーリー以外の部分(主人公が養子になって以降の恋愛や葛藤のドラマ)が弱く冗長で、中だるみを感じる
- たまたま幸運に恵まれた主人公を見せられても・・・という気分になる。やや偽善的に感じる
- 実話だから仕方ないが、故郷の見つけ方に説得力を感じない
ナニミルレビュー
オススメ度:B
こんな気分の時オススメ:家族愛を描いた映画を観たい時。数奇な境遇を生きる主人公のストーリーを観たい時。自分のルーツを求める主人公を観たい時。
ポジティブ
家族について、時間について、人生の境遇や運や人の生き方について、いろいろな思いがみなぎってくるような素晴らしいストーリー。サルーの信念と同時に、オーストラリアでの母であるスーの信念も凄かった。
人間の強い信念によってクライマックスへと進展していくストーリーでありながら、同時に、意思の伴わないようなほんの些細な選択や行動、または単なる運によって、人の人生がどれだけ大きく左右されるか、ということも感じさせてくれるストーリーになっている。
そんな人生の両面を見せながら進むストーリーを積み重ねた上で、クライマックスで一気に信念が結実していく感動的なラストに圧倒される。
ネガティブ
中盤、大学生になったサルーのストーリーにやや中だるみを感じた。
この部分を支えている大きな柱であるロマンスの部分が弱かった。もう少し恋人の内面や2人の関係性が明確になっているともっと面白かったかもしれない。ストーリー上の恋人の役割が曖昧に感じた。
どちらかというと、恋人よりは弟の方がキャラクターとしては深みがある気がしたが、弟があまり深くは描かれていなかったのが少し残念。ただ、弟を描き出すと、重くなりすぎてしまうのかもしれない。
些細なできごとが運命を変える
5歳のサルーは、回送列車の中で眠ってしまい、故郷を離れて遠い地で孤児になってしまう。
別に犯罪に巻き込まれたわけでもなく、子供の無謀さで大冒険をしたわけでもなく、ちょっと睡魔に勝てなかったことで、こんな人生の大転換が起こるという事実に、まず驚きがある。
孤児になったサルーは、そこからさらに謎の女性に拾われるが、危険を察知して逃げ出したり、スプーンを拾ったことがきっかけで親切な人に助けられたり、そして、大勢いる孤児の中からたまたま養子に選ばれたりする。
本当に、些細なできごとの積み重ねが、サルーの人生を大きく変えている。
そして、サルーを引き取った夫妻の2人目の養子である弟マントッシュ。
素直に養子として生活に上手く馴染んだサルーとは対照的に、気難しく問題の多いマントッシュ。
マントッシュと初めて出会った際、明らかに落ち着きのない彼に対して、サルーも両親もやや動揺している。
そして、大人になった後でも、マントッシュは家族の中では少し厄介者で、彼を巡って様々な困難が巻き起こったのだろうということが想像される。
養子を取るということは、両親の明確な意思によるものだけど、そうであっても、その結果がどうなるかは分からない。
サルーは生活に馴染んだが、マントッシュは難しかった。それが良いとも悪いとも言えない。意志を持ってした行いだからといって想定どおりに進むわけではない。そんな人生のままならなさが、よく描かれているストーリーだ。
これは、大学生になったサルーが家族を探そうとするところも同じで、たまたま置いてあったインドのお菓子を見て、子供時代を思い出したところから、サルーの故郷への思いが高まり、彼の人生はまた変わっていく。
子供の頃の記憶が曖昧なのは誰でも共感できる部分だが、この映画だとその曖昧さがいろいろなところで仕掛けとして使われている点も上手い。
少年サルーは地元の名前を間違えて覚えていた。だから迷子になった後すぐ家に変えることができなかった。
地元の名前をサルーが正確に言えていれば、そもそも5歳の時に降りた駅で、誰かに助けてもらえたかもしれない。大学生になったあと、故郷を探すのはもっと簡単だっただろう。
本当に、そういう誰の人生にもある些細な間違いが、この壮大なドラマを形作っていると思うと、彼の人生のドラマチックさに驚いてしまう。
揺れ動く運命の中で貫かれる信念
人の意思など関係なく進む運命の中でも、やはり人の信念が無に帰するわけではない。
母や兄への思いによって、いつ終わるとも分からない調査を続けるサルー。
ある意味で言えば、満ち足りた今の生活。それを犠牲にしてでも、心配する母や兄に会いたい、という彼の気持ちは強い信念となって彼に調査を続けさせる。
と同時に、サルーはこの信念を持つこと自体に、オーストラリアでの両親に対する負い目を感じている。
2つの家庭の中で育ったという、サルー自身にはどうしようもない事情と、その事情がゆえに生じたサルーの信念から生じた葛藤。この葛藤が、この映画を興味深いドラマに仕上げている。
そして、この映画の中で見逃せないもう1つの信念が、サルーらを養子として迎えた母スーの信念だ。
「養子でなく本当の子だったら、母さんはこんなに苦労しないで済んだはず」と話すサルーに対して、養子を取ったのは消極的選択ではなく、信念があってしたことだと話す母。
ここで語られるスーの考えは、彼女のちょっとスピリチュアルな体験がきっかけになっている。かなり高潔で強い意思を伴うもので、合理的かつ道徳的な信念だ。
このスーとサルーの会話のシーンは、この映画の中でもクライマックスに負けないくらい力強いシーンになっている。
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