映画

きみはいい子 -厄介な問題の連鎖と優しい救世主たち-

概要

新米教師の岡野、単身赴任の夫と離れ娘と2人で暮らす雅美、認知症の心配がある独居老人あきこの3人を中心に、大人と子供の交わりを描く群像劇。

岡野は、問題の絶えないクラスに疲れながらも、手探りで子供たちとの関係を築いていく。雅美は同じマンションに住むママ友たちとは良好な関係を築いているが、家に帰ると幼い娘をまっすぐ愛することができず、虐待を繰り返し、そこのとに自分自身も苦しんでいる。あきこは平和に暮らしながらも人との関わりが少なく、自分で気づかないうちにスーパーで万引きをしてしまうくらいの認知症を患っている。

 

岡野は、それぞれ個性がある子供たちをまとめる大変さに疲れながら、親からの文句を電話で受けたり、先輩教師に説教されたり、助けられたりしつつ、教師生活を送る。

からかいで終わるような虐めもあれば、、からかわれて家に帰ってしまう子もいる。言うことを聞かない子供たちに対して、親からの要求で強くは叱れない現状もある。さらに、親が子供に関心のない家庭もある。

この困難の中、岡野は疲れ果てながらも、子供たちに優しい気持ちを持ってもらおうと奮闘する。

 

虐待を繰り返す雅美は、ママ友のひとり陽子と仲良くなる。陽子は明るく、子供にも優しく接し、いつも笑顔で、雅美とは全く逆のタイプ。

雅美は娘を殴っては後悔し、殴られても自分を慕ってくる娘を、陽子のように上手く愛することができない。

陽子の子供と遊ぶ娘の体の傷が見えてしまわないかと、ママ友と会うときも気が休まらない日々が続く。

 

ひとり孤独に暮らすあきこは、自宅の家の前を通る自閉症の弘也とちょっとした交流を続けていたが、ある日、弘也が家の鍵を失くしたことで、彼を家に招き、交流することになる。

弘也を迎えに来た母親が、実は通っているスーパーの店員だったことから、あきこもまた、学校での行事などに参加するようになる。

みんなのレビューまとめ

高評価

  • 子育ての良さと大変さ、面倒臭さなどがリアルに感じられる
  • 厳しい現実を描きつつ、希望のあるストーリー

低評価

  • さまざまな問題を詰め込みすぎで、やや散漫な印象がある
  • 問題への切り込みが浅く、現実に同じ問題に直面していると綺麗事に感じる

ナニミルレビュー

オススメ度:B

こんな気分の時オススメ:子供を取り巻く社会問題についての映画を観たい時。虐待に関する映画を観たい時。子育ての難しさを描いた作品を観たい時。

良い点!

問題を起こす人も問題に苦しんでいる、という視点を切り出しているのが素晴らしい。

子供と密接に関わる大人を描くことで、その大人の背後にある社会全体を考えさせるような構図になっている。メッセージ性の強いストーリーとして上手いと思った。

あと単純に、小学生の小学生っぽさとか、陽子のお母さんっぽさも凄い。「うわー、いるわー!」っていう、単純にキャラクターを見る楽しさも味わえる。

イマイチな点・・・

これは監督の持ち味なのかもしれないが、ちょいちょいわざとらしさを感じる演出があった。あきこが戦争のことを語るシーンとか。岡野が彼女の部屋に行くシーンとか。

例えば岡野の登場シーン。いくらなんでも、玄関ガラガラでいきなり相手に全力謝罪したりしないだろう。岡野は先走りすぎる熱血漢というわけでもないし、キャラクターとしてもややチグハグな感じがした。

後半は全体的に良かった。

あきこと弘也親子を通して描かれる、「関わり方次第で幸せにも不幸にもなれる」というストーリーも、ボタンの掛け違いを正していけば、世界はもっと良いところになるんじゃないか、という希望を抱かせるストーリーになっている。

そして映画のラストシーンは、見えない問題を放って置くな、というシンボリックなシーンで終わっている。

厄介な問題と、その解決の可能性と、それを可能にする優しさを持った救世主たち。困難さを感じながらも前向きな気持ちになれる良い映画。

問題が問題を生む厄介さ

シリアスな社会問題を描きながらも、映画自体は比較的前向きな気持ちで見られる内容になっている(ラストに関しては、人それぞれの受け取り方になると思うけど)。

とはいえ、分かりやすい問題と分かりやすい解決を描くストーリーではない。むしろ、長い時間の中で、解決されないままの問題が、新たな問題を生んでいく厄介さや、それが簡単には解決されない困難さを感じさせる映画になっている。

 

小学生のクラスを受け持つ岡野のストーリーでは、多様な人間が集まる中で、あちらを立てればこちらが立たず、こちらに手を打てばあちらに新たな問題が、という人間社会の面倒くささが描かれている。

誰もが納得する正解がなく、常に大きくなったり小さくなったりする問題を、破裂しないように臨機応変にハンドリングしながら、日々過ごしていくような生活。岡野がぐったり疲れてしまう気持ちがひしひしと伝わってくる。

しかし、相手は可能性の塊である子供たち。全員が100%ハッピーになることは無理にしても、誰かの人生を壊してしまうような事態だけは絶対に避けなければいけない。

岡野は子供のことを考えている教師だが、教師の力で対応できるところ、気持ちだけではどうしようもないところ、さまざまな矛盾を抱えて仕事をする大変さが伝わってくる。

岡野の直面する問題は、さまざまな出来事や利害が、同時発生することで解決が難しくなるタイプの問題である。

 

雅美の問題は、虐待の連鎖。これは、解決されない問題が長い時間を経て繰り返されるタイプの問題である。

この映画での、虐待する母親である雅美に対する微妙な視線がとても印象的。

可愛い女の子を殴ったり押し倒したり、見ているこっちがゾッとするくらい怖い母親としてしっかり描きながら、同時に、そんな自分を悔い、コントロールできない自分の暴力性に苦しんでいる様子もしっかり描いている。

特に、娘が雅美に対して愛情表現をするシーンがとても切ない。どれだけ殴られても、娘は母親のことが好きで、母親に抱きついたりする。

しかし雅美は、この娘の愛に上手く対処できない。頭をなでたり、抱きしめたり、そういう当たり前のことがどうしてもできず、できない自分の矛盾に苦しんでいる。

ここで娘を抱きしめることができたら、親子共にどれだけ救われるか、という答えが見えながら、どうしてもそれができない。

そして、陽子ら親子を対比的に描き、なおかつ陽子が「うちの子になる?」と無邪気に尋ねるシーンが入ることで、子は親を選べないし、親も子を選べない、という家族の奇妙さも感じさせる。

社会的な問題ではなく、1人の内面と状況の問題がここではクローズアップされ、重い歴史を持つ、人間の厄介な側面が描かれている。

 

こうした、簡単な解決が見いだせない問題の中での生活が描かれている。

子供たちが主要なキャラクターたちとして出てくるのがポイントで、大人が悶々としているうちに、子供たちはその矛盾や間違いさえ吸収してグングン成長してしまう、というプレッシャーも同時に生じている。

スパッと短時間で解決できない問題と、大人より短時間で多くを学んでいく子供たち。

大人を主人公として描きながら、社会問題の大きな利害関係者として子供たちを描き、子供のためが社会のため、と思わせてくれるストーリーになっている。

救世主たち

そんな厄介な社会問題を描きながらも、本作がなかなか前向きな雰囲気を感じられる作品になっているのは、映画に登場する救世主たちの存在のお陰だろう。

疲れ果てた岡野にまた子供たちと向き合うエネルギーを与えたのは、岡野の甥っ子。娘への怒りを抑えられなくなった雅美を救ったのは、自分とは真反対の性格のママ友である陽子。独居老人あきこの孤独を救ったのは自閉症の弘也だった。

そして、自分が救われた岡野は問題のある子供を助けるために走り出し、雅美が救われれば彼女の娘も救われ、あきこは弘也のことでいつも肩身の狭い思いをしている母親を救う。

 

岡野の姉が、「自分が子供に優しくすれば、子供も誰かに優しくする」という話をする。クライマックスでは、まさにこの優しさの連鎖が描かれて映画は終わっていく。

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