映画

フレンチアルプスで起きたこと -雪がはがれて崩れるように、理想像が剥がれ落ちる家族ドラマ-

概要

スウェーデン人の4人家族は、フレンチアルプスで5日間の休暇を過ごす。高級ホテルに泊まり、スキーを楽しみ、仲良く1日目を終える。

2日目、レストランのテラス席でランチ食べる4人。そこに雪崩が発生し、レストランへと迫ってくる。幸い雪崩はレストランに達することなくおさまるが、父:トマスは、家族3人を置いて1人で逃げてしまう。

雪崩のあと、4人は休暇の続きを過ごそうとするが、家族を見捨てたトマスの行動を目の当たりにしたことによって、家族の間には微妙な緊張感が漂う。子供たちも不機嫌になり、妻:エバはトマスと話し合おうとするが、トマスは自分は逃げていないと言い張り、話は平行線に・・・。

レビューの印象

高評価

  • 理想像に苦しむ姿が繊細に描かれ、様々な角度で考えさせられる内容
  • ブラックユーモアたっぷりで面白い
  • 家族関係の描かれ方がスリリング

低評価

  • 淡々と、他人の夫婦喧嘩を見せつけられるだけで退屈
  • じれったさや陰湿さ、甘え、他罰性を感じて不快
  • 期待したほどのことが起こらなかった

ナニミルレビュー

理性vs本能(人間vs自然)という設定

「いざという時、自分を犠牲にして大事な人を守れるか」という思考実験的な内容が描かれていて、「自分だったらどうだろう」「相手がこうしたらどうだろう」と、考えさせられるような映画。

その上で、ただ内省的な悶々とした映画ではなく、スリリングな家族(主に夫妻)ドラマに仕立ててあるので、ストーリーとしても非常に面白い。

夫がやらかして、妻がそれに不信感を持って、話し合いながらどうにか家族関係を再生していく。すごくシンプルでクリアなストーリーをベースに、誰もが一緒に考えられる普遍的な問題を描いている。

雪山というシチュエーションは、楽しさも寂しさも、うるささも静けさも効果的に描ける舞台。さらに、楽しむべき娯楽の地でありながら、雪崩や視界不良などの危うさが常に付きまとう場所でもある。

このシチュエーションが、「家族」のポジティブな側面と、危なっかしい側面を描くストーリーとも連動していて良い。

自然(本能)と人間(理性)の対立を軸に描く家族ドラマとして、非常にシャープなモチーフ選びだと感じた。

役割、プライド、男らしさ

この映画は、とにかく夫であり父でもあるトマスにかかる圧力に関する映画だと言っていいと思う。

ストーリーを追うと、むしろ妻であるエバの方が苦悩しているようにも見える。それはトマスが受け身なのに対し、エバが能動的にこの問題に対処しようとしているからだ。

だが、ストーリー的にそう見えるとはいえ、やっぱり描かれる苦悩の核心はトマスに課されている。

トマスは、プライドが高い男だ。だからこそ、この映画は面白い。

極端に言えば、この映画は、3日間(雪崩からトマス号泣まで)かけて、トマスのプライドを打ち砕いていくブラックユーモアたっぷりの映画だと言える。

トマスが簡単に自分の過ちを認めてエバと話し合ってしまえば、このストーリーはすぐに終わってしまう。

エバが正直な話し合いを求めても、トマスはそれをはぐらかし続ける。

トマスは、プライドを保ちたいという内側からの圧力と、正直に話し合いたいという外側(妻)からの圧力を受けながら葛藤している。

では、この映画はどのようにトマスのプライドを描き、どのようにそれを崩していくだろうか。

舞台は高級ホテルだし、エバは友人に「夫は仕事人間だ」と話していることから、一家の稼ぎ頭はトマスであり、トマスは社会的に成功している人間だとすぐに分かる。

家族でドローンを飛ばして遊ぶシーンで、操作が上手いトマスにエバは「隠れて練習してたんでしょ」と言う。つまり、トマスはエバにええかっこしいだと見られている。(実際クライマックスでトマスは子供相手でもズルをしてしまうと懺悔している)

友人と夕食の際、トマスは気取った感じでワインをテイスティングしている。そしてエバが「トマスは逃げた」と話すと、それを絶対に認めない。

雪崩のシーンを挟んで、1日目、2日目でトマスの「成功者」「デキる男」という印象と、トマス自身がそれにこだわっている様子を描いていく。

3日目の朝、エバは一人でスキーに行くと言い、さらにトマスのクレジットカードを使うことを拒む。

その夜、友人カップルと会い、そこでエバはトマスの過ちの核心を突いていく。

トマスが隣の部屋で息子をあやしている間も、友人たちに彼の落ち度を話し続ける。トマスは壁越しに、自分の悪口を息子と一緒に聞かされることになる。

それでも言い逃れをするトマスに、エバは証拠になる動画を見せ、トマスが言い訳できないところまで追いつめる。

友人のマッツはかなり無理な解釈でトマスの行動を正当化しようとして、よりトマスを惨めな状況に追いやる。

このあたりで、ようやくトマスは自分の非を見つめ始め、一人で涙する。

4日目。「父/夫」としてのプライドを傷つけられ元気のないトマスだが、マッツに誘われて男2人でスキーを楽しむ。

バーで酒を飲んでいると、見知らぬ女性がやってきて、その女性の友人がトマスを良い男だと褒めていたと話しかけてくる。

ここで、「父/夫」としての自信を失っていたトマスは、「男」として評価されることで、一瞬だけ自信を回復する。

喜ぶトマスだが、同じ女性がまたやってきて、人違いだったと伝えられる。

トマスはぬか喜びしたことに対し気まずそうに苦笑いし、マッツはトマスを気遣って過剰に怒って見せる。この気遣いがまた切ない。

「父/夫」としてのプライドを失ったトマスが、ここで「男」として見知らぬ女性に褒められたことは、格別の意味があった。

その証拠に、トマスはこの夜、この「男」としてプライドを回復しようとしてエバを抱こうと画策する。

しかし子供たちの存在によってそれは失敗。

ここでは、「父/夫」であることを切り捨てて「男」に戻ることは許されないことを示されている。

その後、エバはバスルームでトマスにもう一度チャンスを与えるような曖昧なそぶりを見せるが、トマスは決心がつかず、チャンスを逃してしまう。

これで「男」としてのプライドもついえ、トマスは号泣してエバに謝る。

結局、トマスの「プライド」は何をしていたのだろうか。

それは常に、トマス自身に問題を直視させず、ひたすら彼を迂回させていた。

エバが、雪崩の話をしても、トマスは「そんなに危険な状態じゃなかった」「認識の違いだ」といって、問題の核心を避ける。

現場の動画という証拠によって、それが無理になると、今度は夫や父であることから目をそらして、「男」の自信に頼ろうとする。

しかし結局、この問題を解決するには、この問題について話し合うしかなく、話し合うには自分の非を認めなければならない。

トマスの「プライド」はこの「非を認める」という最初のステップを許さず、だから、彼は延々遠回りさせ、この映画はその遠回りを皮肉っぽくユーモラスに描いている。

ここでトマスのプライドが打ち砕かれることは、ある意味、前向きなメッセージである。

このトマスのプライドは、「男らしさ」「父親らしさ」というステレオタイプと結びついている。

だから、トマスがこれらを捨てて、家族の前で泣きじゃくるのは、そのステレオタイプを乗り越える行為として受け取ることができる。

そんなトマスの様子を見ても、子供たちのトマスへの愛が消えることはなく、むしろ子供たちはトマスを支えようとする。

最終日には、彼の情けなさも知った家族に対して、トマスはもう1度父として振る舞う。

そこでは、「らしくない」姿を見せてもなお、「らしく」振る舞うことが許される風景が描かれている。

個人的に、5日目でエバを助けるシーンは、あまりにも戯画的だし、蛇足に感じてあまり好きではない。

けれど失敗が許されることや、お互いに気遣い合うことで関係が改善されえることが示されている良いシーンだと思う。

そうして思い返してみれば、この映画の冒頭は、やや強引に家族写真を撮られるシーンから始まる。

そこで、家族は「良い家族」の写真を撮るため、振り付けをされている。4人は言われるがまま、ややぎこちなくポーズをとる。

後日出来上がった写真は、たしかにとても良い出来栄えで、エバは写真を見て喜んでいる。

しかし、それは振り付けをされ、良い家族が演じられた表層的なイメージに過ぎない。

そこにあるのは「父親らしさ」「夫らしさ」のように表層的な、「良い家族らしさ」というイメージ。

この映画は、トマスの行為をきっかけに、家族に内在するそのような「イメージ」が剥がれていき、最後に、弱さを支えあえる家族の関係(というのはさすがに美化しすぎだと思うけど)になる、というストーリーになっている。

割り切れなさとユーモア

この映画は、ウィキペディアやIMBdで「コメディ/ドラマ」とカテゴライズされている。

ただ、多くの人にとって、ゲラゲラ笑えるコメディではないと思う。(個人的に声を出して笑ったのは2場面だけだった)

この映画のコメディは、もっと皮肉っぽい笑い。例えば、バーで人違いされたトマスが苦笑するような感覚の笑いが代表的だと感じる。

大まかに言えば、この映画の中にある可笑しさは「間の悪さ」と、そこから発生する「ばつの悪さ」から生じる。

この可笑しさは、「誰かの内面の弱さに触れなければいけない」という緊張感から生じているようで、なるほど、弱さに触れる瞬間ってそんなにスリリングなのだな、と気づかされる。

そもそも雪崩事件自体、とにかく、ばつの悪さが表現されている。

ワンカットの長回しで、「大丈夫大丈夫、プロの仕事だから」と余裕をかましていたトマスが、家族も他人も押しのけて逃げ、しばらくの沈黙の後、「いやー、やばかったねぇ」と帰ってきて、家族は無言で味のしない食事を続けている。

エバが初めてこの事件について語るレストランのシーンでは、誰かのバースデーソングが始まり、廊下で話し合おうとすると掃除人がちょっと離れたところで見ている。

友人カップルと共に問題の核心を突く場面では、ドローンが飛んでくる(ここが声を出して笑った場面その1)し、そもそも、友人カップルにしてみれば、なんとも間の悪い時にトマス達と合流してしまったという状況だ。

そんな感じで、とにかく間が悪く、ギクシャクした状況、常に何かが割り切れない状況が続き、それが可笑しさに転化していく。

この映画において、この割り切れなさは徹底される。

ストーリーの大筋としては、トマスが成長し、家族関係が再生するという、ある意味では割り切れた映画になってはいる。

しかし、トマスが自分の非を認め泣きじゃくるシーンは、彼の成長を描く感動的な演出になっているかといえば、全然なっていない。

なぜ感動的になっていないかと言えば、エバがずっとトマスの懺悔に対して引いているから(声を出して笑った場面その2)。

エバは確かに、トマスに自分の非を認めて自分と話し合ってほしいと思って行動していた。しかし、いざその場面になると「いやいや、そこまで取り乱されても・・・」みたいな感じで気まずそうな、面倒くさそうな態度を取っている。

このエバの態度は、トマスを慰める子供たちの存在によって、より強調されている。夫妻だけなら、取り乱す夫を必死に妻が支えようとしているように見えなくもないが、子供が入ることによって、明らかにエバが引いているという演出になっている。

トマスと2人の子供が感動の家族ドラマをやっていて、その背後でエバがソファに座って引いている。このシーンはずっと遠巻きに撮られ、クローズアップになることがない。

だから、このクライマックスは、たしかに家族再生へとつながるストーリー的には順当なクライマックスなのだが、完全なカタルシスがなく、割り切れないシーンとなり、可笑しさを生じさせている。

ある意味で言えば、「夫が非を認めて謝る」という、このストーリーの中心課題が達成されているにも関わらず、それを求めていた妻はスッキリしない、という状況になっている。

これは、「解決」か「未解決」かという、ハッキリした結末以外があり得るという経験を観客に与える。たしかに解決したが、思ってたやつじゃなかった、みたいなばつの悪さだ。

この映画はトマスがちゃんとエバと話し合わないことを問題として描いている。

だが、話し合えばいいのだ、という単純な正義を語ってはいない。それは、友人カップルたちの様子を通して描かれている。

友人カップルは、エバから事件について聞いたあと、2人でこの件について話し合っている。つまり、エバがトマスに求めていることをやっているわけだ。

ではこの2人はこの話し合いを上手く収められるかといえば、収められず、お互いに納得できないままギクシャクとした感じで、「もうこの話は終わりにしよう」といって眠りについている。

ここは、すっきりしないクライマックスを示唆するような場面になっている。

さらに、ラストの下山シーン。

あまりにも危なっかしい運転に危機を感じたエバは、先導してバスから降り、そのほかの乗客もエバに続いてバスを降りる。

降りるまではエバは危険な状況からみんなを救うヒーローであった。

しかし、いざバスが行ってしまうと、乗客は取り残され、目的を見失い、なんとなくみんなでトボトボ道を歩き始める。バスは特に事故っているわけでもなく、先に行ってしまっている。

この映画全編を通じて、ある種「正しい側」にいたエバの行動が、このラストで相対化される。

トマスは本能的に逃げるという過ちを犯した。これを「過ち」と描くストーリーなのだから、「理性的に行動すべきだ」という主張がなされるのかと思きや、違っていた。

このラストのシーンで、エバは理性的に危機を脱したが、しかし、それが正しいとは言い難いような、気まずい空気で映画は終わっていく。

つまり、この映画では、観客が安心して身をゆだねられる正しい人物が出てこない。

みんな、どこかで間違えている。

ある場面では正しかった人も、別の場面では間違える。

だから、どこにも答えがなく、ずっと割り切れない場面が続き、その緊張感がユーモアに繋がっている。

その徹底のされ方が、とにかくこの映画のすごさだと思った。

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