概要
アデルとヘンリーは郊外に暮らす母子。母アデルは離婚してから無気力で家に閉じこもりがちで、息子ヘンリーはそんなアデルを元気付けようと頑張る日々。
ある日、2人の元に監獄から脱走してきた男フランクが現れ、フランクの言うまま2人の家で彼を匿うことになってしまう。
最初こそフランクの動きを警戒する2人だが、優しいフランクに2人は心を開いていく。
レビューの印象
高評価
- 優しいキャラクターたちの交流に心が温まる
- 大人の恋愛を思春期の視点から見せる演出が新鮮かつ色っぽい
- 優しい脱獄犯との非日常で素敵なエピソードと、少し切ない雰囲気は、観ていて心地良い
低評価
- キャラクターたち(特に母子)の行動に納得できず、イライラする
- ベタかつ無理のある展開についていけない
- 甘いメロドラマだが空気が重い、気軽に楽しめない
ナニミルレビュー
オススメ度:B
こんな気分の時オススメ:大人が浸れる甘いストーリーが観たい時。寓話的なラブロマンスが観たい時。
全体的なレビュー
これは、賛否が分かれそうな映画だ。
というのも、ツッコミどころが多い上、ストーリー的に予想外のことが起きない。
そもそも、「脱獄犯フランクを2人の家で匿うことになる」という一番肝の導入部分からして、全く説得力がない。
なぜヘンリーはフランクのお願いを聞くのか、なぜアデルは周囲の人間に助けを求めないのか。ストーリーへの導入として、違和感があるというレベルを超えて不自然ですらある。
その後の展開、特にクライマックスのある計画に関しても、「いくら何でもずさんすぎないか」と多くの観客がツッコんでしまうだろう。
その上、優しい脱走犯を匿い、その男と親密になっていく・・・という始まり方から、想定されるベタなラストに向かって、ストーリーは進んでいき、どこかで見たことがあるようなエンディングを迎える。
そういうことで、ストーリーの作りに目がいってしまうと、ノイズが多い。ヘンリーの思春期エピソードも、あえてかもしれないが、メインストーリーにうまく絡めておらず、蛇足に見えてしまう。
ただ、個人的にこの映画をつまらない作品とは思わない。
これは「細かいことはいんだよ!」的な映画で、ストーリーを隙なく作ることより、ストーリー上で起こる個々のシーンやエピソードを気持ち良く見せよう、というタイプの映画だと思う。
「そんな都合いいことある訳ないだろ」とツッコまずに、この世界観、このシーンを味わえよ、と言ってくるタイプの作品。
なので、フランクとアデルが仲睦まじくなっていくシーン。ご近所さんにバレそうになってハラハラするシーン。フランクの優しさにほっこりするシーン。そしてクライマックスからの後日談。
そういうシーンやエピソードを、大人のおとぎ話として、ほっこり見るのがいいんじゃないだろうか。
だから、「夏の5日間」という神秘的で素敵な世界観を演出するために、計画決行の日は、準備不足でもあの日でなくてはいけなかったのだ。
ストーリーよりエピソード。リアリティより寓話性。
そういうファンタジー作品なのだ。
中年の王子様
とにかくフランクのグッドパパ加減が1番の見ドコロ。
無口な脱獄犯で「良い人?悪い人?」という緊張感を漂わせる。これは前フリで、その後とにかく「こんな夫がいたらサイコー、こんな父親がいたらサイコー」という理想の男性をフランクがことごとくやっていく。
料理を作り、床を掃除し、窓を修繕し、タイヤ交換。ヘンリーには野球を教え、隣人の子供にもめちゃくちゃ優しい。包容力があって、過去の辛い話も親身になって聞いてくれる。
最後の最後は身を呈して母子を守る。
そしてちゃんと帰ってくる。
もう、どんだけサイコーなんだよ。
シンデレラに出てくる王子様が結婚前までの王子を象徴しているとすれば、結婚後に現れてほしい王子はこういう男だよね、という願望を具現化したかのようなキャラクターだ。
「脱獄犯を匿う」というメインストーリーは、実はフランクという王子様を描くための背景でしかなく、だからこそストーリーはずさんでも良いのだ。
例えば、初日にアデルを椅子に縛り、フランクが食事を食べさせてやるシーンがある。
「いや、縛ってる意味は?」と思うだろう。別に意味はないのだ。
一応、「これで、警察に嘘をつかなくて済む」とフランクが言う。つまり、アリバイ作りのために縛っていて、アデルに嘘をつくストレスをかけないための気遣い、という言い訳になっている。
でもアリバイ作りなら、縛るのは食後でも問題ないわけだ。実際、コーヒーを飲んだりしてる間は縛っていないんだし、食事まで済ませてから縛ればいい。
でも、食事前に縛る。なぜなら、男が食べ物をスプーンですくって、寂しげな女に食べさせるというシーンを描きたいからだ。
寂しい暮らしをしているところに、優しい男がやってきて、丁寧に自分を世話してくれる。そういう「包容力」を最大限に描くための象徴的なシーンなのだ。
さらに、フランクの傷が悪化して、アデルが薬を買いに出ようとするシーンがある。
アデルは精神に問題があって、なかなか車を発進させられない。それに気づいたフランクが車に乗り込んできて、アデルの辛い過去の話を聞いてやる。
その後のシーンで、2人は家のポーチに座って話し込んでいる。「いや、薬は?」と思わずにはいられないシーンだ。しかし薬は問題ではないのだ。
大事なのは、アデルがトラウマを抱えているのに気づいて、その話をフランクが優しく聞いてくれることだ。
薬は、このシーンを引き起こすための道具であって、ストーリー的な意味合いは別にないのだ。
最後の計画がやけにずさんなのも、ここでフランクが身を呈してアデルとヘンリーを助けるシーンを描くためには、計画は失敗しなければいけないからだ。
最後にフランクは身を呈して2人を助け、ヘンリーには「君は良い子だ。非難する奴は相手にするな」と話し、アデルには「刑が20年増えてでも、君とあと3日過ごしたかった」と話す。
完璧な父親、完璧な夫として、理想の姿を保ったままフランクは去っていく。
フランクの良い男っぷりがどう描かれているか。それが何よりも重要なことだ。
リアルな結婚生活ではなく、ドラマチックな5日間。日常ではなく非日常。誰かがやってきて、退屈な生活を救ってくれる。そういう気分のストーリーだ。
そのフランクの姿と同時に、ある時代のアメリカ郊外での穏やかな暮らしも心地よく描かれている。
父親が大工仕事をし、子供にスポーツを教え、夜は家族みんなでテレビを見て過ごす。
隣人が食べ物をおすそ分けに来て、店員も警察も銀行員もみんな顔見知り。
この古き良きアメリカ的な世界観も含めて、昔話っぽい雰囲気がある。だから、「王子」という表現もあながち冗談ではないのだ。
フランクへの疑いが晴れていく過程
ストーリーの細部にいろいろ問題があると言っても、3人が親密になっていく流れは、ちゃんとドラマ展開を踏んでいる。
最初、全くの他人として出会い、母子は当然不信感を持つ。正直、不信感を持っていたら絶対家に入れないだろうと思うので、ここではアデルの行動がいろいろ矛盾していて、ストーリー内でも一番おかしな場面になっている。
でもそこは、寂しく精神を病んでいれば、偶然の出会いにすがってこういう行動に出るのかもしれない、と思って目をつぶる。
「日没まででいいから匿ってくれ」という控えめなお願いと、ニュースを見て殺人犯だと分かった2人に「故意に人を傷つけたことはない」と物寂しげに言うフランクの姿で、少しだけ安心させる。
さらに共犯にならないようにという気遣いを見せ、アデルを椅子に縛りつけつつ料理を作って食べさせる。暴力を振るったりすることもせず、この時点でフランクが悪人でないことがほぼ確信される。
さらに翌日、美味しい朝食を作り、車を修理したり、ヘンリーに野球を教えたりと父親業を行う。これでほぼ信用が固まる。
その後、隣人が訪ねてきて、ヘンリーを応対させて嘘をつかせたフランクにアデルが怒る。ここで2人は初めて対等にケンカをし、フランクが謝る。
その後、ピーチパイづくりで仲直りし、3人は疑似家族になる。
さらに、最後の計画の段になると、フランクの方が主導権を握っており、荷造りをするヘンリーに「半分にしろ」と父親らしい命令をしている。
不信感→ちょっとだけ安心→悪人ではなさそう→めっちゃ良い父親→ケンカと仲直り→家族の役割分担
このようにちゃんと展開を踏んでいる。
なのでキャラクター同士の人間関係に関して言えば、必要十分に描かれており、その点でこの作品を駄作だとは言えない。
脱走犯のストーリーとして見るといろいろずさんだが、キャラクター同士のドラマ部分はちゃんと描かれている。
ヘンリーの物語
この映画は、ヘンリーの視点で語られるストーリーなのだが、その実、ヘンリーが一番キャラクター的に弱いと感じる。
途中でヘンリーが葛藤を抱え、それが大きくストーリーを動かしていくのかと思いきやそういうこともなく、ヘンリーが最後まで良い息子のままなのが少し肩透かしだ。
フランクが完全に家族に馴染んで以降、ドラマに緊張感がなくならないように、今度はヘンリーの方が不安要素になっていく。
ストーリーの中盤から、ヘンリーが性に目覚めていく様子が描写される。
そこに謎の少女が登場して、ヘンリーに「自分は捨てられるのではないか」という不安感を植え付ける。さらにヘンリーは、フランクを匿っていることをその少女にバラしてしまう。
これはどう考えても、性に目覚めたヘンリーが少女に操られ、家族がバラバラになる流れを匂わせる。
しかし、そういう展開にはならず、アデルが「あなたを置いていくわけないじゃない」と言ってヘンリーを抱きしめることで、ヘンリーの葛藤はすぐに解決してしまう。
この展開だとヘンリーの性への目覚めや謎の少女の部分は蛇足に見えても仕方がない。
とにかくヘンリーが親離れに失敗し、明確に成長しないままメインストーリーが終わっているのは、この作品に少し物足りなさを残していると感じる。
ただ、アデルに感情移入する立場で考えると、フランクを理想の夫として描いているのと同様、ヘンリーも理想の息子として描きたかったのかもしれない。
ヘンリーは、無気力の家に閉じこもっている自分を健気に支えてくれる優しい子供だ。
そして、性に目覚め、親離れしていくかと思いきや、結局は自分の元に残ってくれる。
この映画のストーリーが、全体的にアデルに都合よく進んでいくことを考えれば、ヘンリーの息子像もまた、アデル(=観客)を心地よくさせるために作られているのかもしれない。
なので、ここに違和感や物足りなさを感じるか、「良い息子だなぁ」とほっこりするかは、アデルに対する感情移入の度合いで変わってくるのではないかと思う。
この映画は、アデルに感情移入し、余計なストレスを感じず心地よくさせてくれと思いながら観る人が、一番心地よくなれるようにチューニングされている。
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