概要
80代の老人として生まれ、歳をとるごとに若返り、0歳で生涯を終えた男ベンジャミン・バトン。
独自な体質を持って生まれた彼の奇妙な人生を、多くの出会いと別れを通して描き出していく。
少年時代を老人たちが暮らす施設で過ごすが、好奇心旺盛なベンジャミンは、若返りと共に施設を出て、冒険に旅立つ。
アメリカ各地を回り、さまざまな仕事につき、不思議な人生を歩み始める。
レビューの印象
高評価
- 人生における時間のかけがえのなさについて考えさせられる
- 複雑な感情が渦巻く長い時間をかけたロマンスとして見応えがあった
- 奇抜な設定にも関わらず、ここのエピソードに共感できる
低評価
- ベンジャミンは恵まれており、彼の行動も身勝手に感じて共感できない
- 設定が奇抜なわりにそれが活かされず、ストーリーが淡々としていて期待外れ
- 内面描写が薄っぺらい
ナニミルレビュー
20世紀アメリカ人のライフストーリー
老人として生まれ、歳を取るごとに体が若返っていく病(?)を持って生まれた男ベンジャミンの物語。
このファンタジックな設定から、どのような数奇な人生が巻き起こっていくのか、というのが観る人の期待感だろう。
この映画では、ベンジャミンが生まれてから死ぬまでのストーリーが昔話として語られていく。
優しい母親。少年時代の冒険。初恋。初めての仕事。初めてのセックス。家を出て独り立ち。新しい環境での新しい出会い。幼馴染との再会。結婚。父親になり、旅に出る。帰って来て娘に会い、年老いて死んでいく。
「数奇な人生」とは言いつつ、ベンジャミンの人生は多くの人生と全く違うというわけでもない。だから、面白い設定による奇妙な物語を期待すると少し肩透かしを食らうかもしれない。
しかし、これを「退屈」と言ってしまうのはあまりにも惜しい。この映画を観て感じられるのは、数奇さというより、むしろ普遍性の方だ。
160分以上ある少し長めの映画。デヴィッド・フィンチャー監督による美しく重厚な映像。そこで語られる、明らかに特異な人物であるベンジャミンの一生。
「ベンジャミンの人生の中にある喜びや苦悩が、実は誰の人生の中にでもあり得るものである」という、このストーリーを通して浮き彫りにされるのは、誰の人生でも数奇な人生なのだ、ということ。
この映画で感じられるのは、「ベンジャミンが特別な人間として生きている」ということ以上に、「人間は誰しも特別である」ということの方だろう。
映画のラストでは、いろいろな人が登場する。「音楽が得意な人」とか「ボタン職人」とか「母親」とか。
すべての人がベンジャミンと同じように数奇な人生を歩んでいて、そして特別である。
そういう余韻を残すラストになっている。
スタッフロールもわりと長めだけど、余韻に浸っている間に終わってしまった。
誰の人生でも特別
ベンジャミンは第一次大戦終戦の時期に生まれ、2000年過ぎまでの人生を生きる。だから、映画の舞台は20世紀のアメリカ。
レトロ感溢れるな街やファッション、船や人々の行動を観ることができるのも、この映画の魅力。
また登場人物の立場や職業がかなり幅広いのもこの映画の特徴だろう。
恐らく当時のアメリカでは弱者であっただろう人々。ベンジャミンが暮らす老人施設の老人たちを始め、ベンジャミンを初めての冒険に連れ出すピグミー、ベンジャミンの母は黒人。そして、介助が必要な状態であるベンジャミンもこの立場として誕生する。
そして、働ける程度に若返っったベンジャミンが出会うのは若い労働者。ベンジャミンが働く船の船員たち。戦争に駆り出される若者たち。どんちゃん騒ぎするバレエダンサーたち。
それから、ホテルで出会った人妻は貿易使節団代表の夫を持ち、ベンジャミンの父はボタン工場を持つ資本家。
これだけ幅広い立場の人を描きながら、ある立場を可哀想に描いたり、憎らしく描いたりしていない。
このこともやはり、「誰の人生でも特別である」という映画のメッセージを補強していると感じる。
ある役どころに登場人物を貶めるのではなく、それぞれの人物がそれぞれの人生を持って登場する。
もちろん、少し憎らしい立場であったり、好ましい立場であったりはする。でも、白黒じゃない穏やかさがどこかにあって、人それぞれに強さや弱さがあり、親しみを持てるところと奇妙に感じるところがある。
そんな中で、誰かが誰かを愛し、誰かは誰かを許せずに生きている。
ベンジャミンはあまり誰かのことを評価せず、わりとフラットに、でも好奇心を持って世界に向き合っている。自分を捨てた父親に対してもそこまで激しい感情をあらわにしたりはしなかった。
いろんなことが起こる重厚なライフストーリーでありつつ、全体的に心穏やか気持ちで観られるのも、この映画の魅力のひとつだろう。
時間のすれ違い
このライフストーリーの中ではいろいろなことが起こる。
ヒューマンドラマといえばそうだし、ロマンスでも、ミステリーでもファンタジーとも言える。
しかし、やはり一番メインになっているのは、ベンジャミンと幼馴染デイジーとのロマンスだろう。何しろこのストーリーは、デイジーの娘がベンジャミンの日記を読むという形で進行していくのだから。
普通のロマンスとこの2人のロマンスが違うのは、当然、デイジーはだんだんと老い、ベンジャミンはだんだんと若返るということである。
子どもの頃から心惹かれ合う2人だが、周囲から見ればベンジャミンは少女と仲睦まじくなるには歳を取りすぎている。そして、デイジーが年老いる頃ベンジャミンは赤ん坊である。
とはいえ、20代から40代くらいまでの2人の恋愛は、そんなに特異なものではない。
久々に再開した2人は喜び合うが、すっかり大人になったデイジーにベンジャミンは微妙に引いてしまい、2人はすれ違ってしまう。
そして、30代後半のあたり、2人の歳がほぼ重なるところでようやく結ばれ、また年齢差が幅開いていく中で別れてしまう。
このラブストーリーが面白いのは、「歳を取るほど若返る」というベンジャミンの状況が、2人の困難の大きな原因になってはいるが、そこで起こる苦悩に普遍性があるということ。
2人で密会していたら大人に怒られてしまうという場面がある。こういうことはベンジャミンのような特異な体質でなく幼いカップルにもありそうだ。例えば階級や家柄、人種が違う2人の子どものストーリーであったとしても、同じことが起こり得る。
そして出産後、ベンジャミンがデイジーの元を去るのは、「だんだん若返っていく自分がまともな父親になれるはずない」という気持ちからだが、父親になる自信がなくて母子から離れる男性の話なんてありふれているだろう。
やっぱり最初に書いたとおり、この映画の面白さは、かなり特異な人物を描きながら、しかし普遍的な幸せや苦悩を描いていることだろう。
だから、タイトルの印象で、突飛でドキドキ・ハラハラする話を期待するならオススメしない。
むしろ、人生の面白さ、濃厚さが誰の人生にもあるのだ、という感慨をじっくり味わえる映画として、この映画は面白い。
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