映画

歩いても 歩いても -生きることの奇妙さが生み出す感情の応酬-

概要

夏の終わり、横山一家が久々に実家に集まる。一足先についた姉:ちなみと母が料理を作って待つ中、失業中の良多は結婚したばかりの妻と、妻の連れ子を連れて実家に到着する。

威厳たっぷりで頑固な父親。優しいが棘のある母親。愛嬌で上手く家族をまとめる姉。家族に馴染めず窮屈さを感じる良多。良多の家族と初対面の良多の妻と子供。

表面的には穏やかで賑やかな家族の時間。しかし会話の端々から家族ならではの面倒な関係性が見え隠れする。

みんなのレビューまとめ

高評価

  • 家族の「あるある」が詰まっている
  • 穏やかな空気の中、さりげなくグサグサ心に刺さるシーンがある
  • 人間の本音と建前を通して、心の多面性を考えさせられる

低評価

  • 劇的なことがなく退屈
  • 結局何が言いたいのか分からないストーリー
  • 描かれる出来事が常識の範囲内であり、いまいち深みに欠ける

ナニミルレビュー

家族のリアルさ

主人公の良多家族と姉のちなみ家族が実家に帰省する。子どもからすれば、いわゆる「ばあちゃん家」へのお出かけ。

そこで繰り広げられる普遍過ぎる家族の光景。手際良く作られるご馳走、その家でしか作られない料理、誰かは寡黙で誰かはおしゃべり、砕けた会話の中にある本音と建前、気まずさと緊張、大人と子どもそれぞれの気遣い。

フィクションのはずなのに、なぜか知っていると思わせられるリアルさが凄まじい。

個人的には、良多が家の外に出ていってしまって、他人の家族の中に残された妻ゆかりのあの気まずさが強烈に印象に残っている。

ピリピリした感情の攻防

この映画を特徴づけているのは家族の和やかな空気ではない。むしろ和やかな家族の中にもあるピリピリとした緊張感の演出こそ、この映画の白眉。

ちょっとした言葉尻、建前の裏から顔を出す本音、よく知っているようで初めて見る家族の振る舞い、所有欲と押し付け。

こういう感情の応酬が、本当に一見普通の会話や振る舞いの中に豊かに練り込まれている。ともするとただの会話、何気ない一言なんだけれど、相手によって言うことを変えていたり、同じ言葉なのに受け取る相手によって意味が変わる言葉だったり、巧妙に隠された怒りの表出だったり。

単なる日常的な言動がこんなにもサスペンスフルになるのか、と驚くように緻密に組み立てられたキャラクターの振る舞い。

そんな微妙な空気が続いたかと思えば、突然、大っぴらに怖いことを言い出す母。しかし、一晩明けると何事もなかったかのように和やかな家族に戻る。

微妙な緊張感、突然の恐怖感、そして和やかな空気感。ただ家族が過ごしているだけなのに、否応なくストーリーに引き込まれる。

そして、この空気の波にも家族のリアルさを感じるのが面白い。

たしかに、いろんな感情が交錯しつつ、簡単にはバラバラにならないのが家族だよな、というラストになっている。

この一晩でリセットされる仕組みが、実は家族という形態の強さを担保しているのではないか、とさえ感じる。

しかし、本当にリセットされるわけではないから、歴史として積み重なっていく。誰かにとってはリセットされ、誰かにとっては残っている(いつかした不倫のように)。そして時たま、この映画で描かれる日のように、過去が掘り返される時がある。

でもとりあえず、昨日の感情はリセットされたものとして家族みんなが振る舞う。そこに家族の強さと怖さと優しさがある。

生きることの奇妙さ

この映画は死がテーマになっている。

映画序盤で良多の息子あつしが、死んたうさぎに手紙を書こうというクラスメイトの発言に可笑しさを覚えて笑ってしまった、というエピソードが出てくる。「どうして誰も読まない手紙を書くの?」というあつしの疑問自体は多くの人が納得できるものだろう。

しかし、この映画を見ていると、死っていうのは、そこで簡単に線が引かれるようなものではないんだろう、という考えが湧き出てくる。そうすると、うさぎに手紙をかきたいクラスメイトの気持ちにも共感できる。

そして、そこに共感した上でもやはり、「どうして誰も読まない手紙を書くの?」という疑問が無効になるわけではない。でも人間が人間として生きているのって、すごく奇妙なことだな、と思わずにはいられない。

例えば、良多が小学生の頃に書いた作文を読まれて怒るシーンがある。良多はもういい大人だ。小学生の良多はもういない。しかし、もういないからといって、消えてなくなってしまったわけではない。小学生時代は良多の一部なのだから。ひとりの人生はそうやって連綿とつながっていく。

そして人間は誰しもが他人との関係の中にある。誰かが死んでしまってもその人との関係自体が消えるわけじゃない。少年時代が終わっても、少年時代が消え去ってしまうわけではないように。

映画終盤に、父と良多とあつしの3世代で海に歩いていくシーンがある(海は、この映画では死を象徴していると思う)。

このシーンで印象付けられるのは、3人とも歩くペースがバラバラだということ。そして、意外と道が険しいということ。

ペースはバラバラながら、3人が気を配り合って、付かず離れずで海に着く。

映画のラストシーンは、父と母が階段を歩いて登っていくシーンで終わっていく。

生きることの奇妙さと、詩的な映像表現がうまく絡んだ素晴らしい映画。

 

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