概要
ストリートで自作の歌を奏でるグレンの前に現れるある女性マルケタ。彼女のピアノにほれ込んだ男は、デモテープを作り、ロンドンに出て自分を売り込むことを決意する。
グレンとマルケタはストリートミュージシャンに声をかけ、バンドを作り、レコーディングを始める。最初は小馬鹿にしていたスタジオのエンジニアも、彼らの実力に驚く。
グレンはマルケタに恋心を抱いているが、マルケタは家族との関係の間で揺れ動く。
レビューの印象
高評価
- 大袈裟さや嘘臭さがなく、ドキュメンタリーのように現実的で、かつ夢のある話を描いている
- 愛情のような、友情のような関係性が切なく、心地いい
- 自然に挿入される音楽が良い
低評価
- 全体的に中途半端でエンディングも消化不良
- 鳴かず飛ばずの主人公が急に才能を発揮したり、ヒロインの夫が突然連絡してきたり、展開に違和感がある
- 音楽の比重が高く、ストーリー部分が少ない
ナニミルレビュー
オススメ度:B
こんな気分の時オススメ:田舎の夢追い人が観たい時。切ない小さなロマンスが観たい時。何かに打ち込む人が観たい時。ほろ苦くも温かい人間関係が観たい時。
ほぼミュージカル映画
音楽をきっかけに出会い、音楽を通して心を通わせる男女のロマンス。
音楽の使われ方がとても誠実というか、ストーリーの添え物ではなく、むしろメインなのではないかというほど、しっかり曲を聞くことができる。
映画の常だが、基本的に曲が流れている間、ストーリーは止まってしまう。(これはアクション映画でアクション中はストーリーが止まってしまうのと同じ)
だから、テンポよくストーリーを語っていこうと思えば、曲はだんだんフェードアウトさせて、途中で切ってしまうのが普通だ。
しかし、この映画、主人公の2人が歌を歌っているシーンでは、かなり長い尺を取って曲を聞かせている。最後まで歌い切るシーンもある。
個人的には中盤少しダレてしまって、曲のプロモーションのためのストーリーのように感じてしまった。
しかし、少しずつ映画が進んでいき、だんだんと2人のストーリーが積み重なってくると、曲の歌詞もだんだんと重みが増してくる。
たしかにストーリーの進行は止まってしまうのだけど、曲によってキャラクターが深ぼりされていく。そのことによって、曲を聞くこととストーリーの進行が等価になり、中だるみも解消されてくる。
映画が終わる頃には、ストーリーの余韻と曲の余韻が重なって、とても心地よい後味になっている。
地元感のある舞台
舞台となるのはダブリンの街。
田舎というわけでもないけど、都会という感じでもない。商店街は人混みが往来しているけど、主人公2人の住む家はわりと落ち着いていて、郊外の雰囲気。
この場所の空気感がとても良く、主人公2人を取り巻く人間関係も穏やかで温かい雰囲気。
初めて彼女の家に遊びに行くと、アパートの玄関先にたむろする男たち。女が「調子どう?」と挨拶すると、愛想よく返事をしてくれる。そして、夕食を食べているとテレビを観るために同じアパートの住人が集まってソファでくつろぎだす。
この住人たちの距離感が観ていて心地いい。
映画のクライマックスは、男が夢を追うためロンドンに旅立つ決意をすることから展開する。
デモテープを作るために、街を歩いてストリートパフォーマンスをしている人に声をかけ、バンドメンバーを集める感じもいいし、皆で徹夜でレコーディングして、朝のドライブに出かける雰囲気もとてもいい。
そして、かなり満足の行く音源が出来上がった達成感。これから夢を追いかけるんだというワクワク感。そして、地元を旅立つんだという寂寥感。
本当に、人生の中の良い時間がしっかり表現された心地よい映像を観ることができる。
複雑な事情と綺麗な思い出
少しネタバレになってしまうけど、実はこの女は夫と別居で小さな子どものいる人妻である。
そういう女性とのロマンスというと、ゴシップ的な恋愛が連想されてしまうかもしれない。しかし、この映画のロマンスはまったくそういうものではない。
2人は音楽でつながり、曲を一緒に作ることでお互いを理解していく。
そしてお互い、抱えている吹っ切れていない過去が、曲の中に含まれていることを理解する。
2人で曲を作ってハッピーという感じではなくて、この幸福感の中にも、しかし完全に相手の人生をまるっと受け入れることはできないかもしれないという微妙な不安や、飛び込みきれなさが残っている。
レコーディングを通して、2人とも、飛び込んで良いかもしれないという雰囲気になる。
そして、切ないけれど、すごく澄んで綺麗な雰囲気で映画は終わっていく。