映画

マイ・ボディガード -生きる喜びを思い出させてくれた少女を奪われた男の復讐劇-

概要

心に傷を負い、アルコール中毒で投げやりになっている元軍人クリーシーは、メキシコで成功した友人からボディガードの仕事を紹介され働くことにする。

クリーシーがガードすることになった少女ピタは、実直で賢く、クリーシーを慕う。最初は距離を取ろうとするクリーシーだが、だんだんとピタに心を開き、クリーシーは次第に生きる力を回復していく。

ある日ピタがクリーシーの目の前で誘拐されてしまい、クリーシーも銃弾を浴び、昏睡状態に陥ってしまう。身代金の受け渡しに失敗し、誘拐犯との交渉は決裂、誘拐犯は「ピタはもう帰らない」と告げ、連絡を絶ってしまう。

目覚めたクリーシーは事の経緯を知る。警察はクリーシーに協力を求めるが、クリーシーは自身での復讐を決意する。

友人に頼んで武器を用意し、誘拐時に見た犯人の人相と、ピタの送迎時に目にした不審な車のナンバーを元に、クリーシーは誘拐に関わった犯罪組織を追いかける。

みんなのレビューまとめ

高評価

  • ハードな復讐劇として見応えがある。主人公の捨て身で容赦ないやり方がすごい
  • 少女ピタとの交流で少しずつ心を開き、精神的にも回復していく主人公のドラマが良い
  • 残酷すぎず、甘すぎない結末が小気味よい

低評価

  • 余計な映像の加工が目立ち、雰囲気が台無し
  • わざとらしい演出が目立ち、そのせいで間延びして感じる
  • 結末が予定調和でガッカリする

ナニミルレビュー

良い点!

この映画は大きく分けて、メンタルに問題を抱える主人公クリーシーと少女ピタが交流し、クリーシーが回復していくパートと、ピタの誘拐後、クリーシーが犯人にリベンジを行うパートの2つで構成されている。

メインはリベンジパートだが、最初の交流パートも50分も時間をかけて描かれており見応えがある。クリーシーの仏頂面が、ピタの実直さにだんだん解きほぐされ、お互いに信頼関係を築いていく過程は、ヒューマンドラマ的な面白さがしっかりある。

そしてもちろん、キレたクリーシーの容赦ない復讐劇も素晴らしい。

激情した表情なんて見せずに、ただ警察への捜査協力を拒み、静かに戦闘準備を整えるクリーシー。必要な協力相手を味方につけ、ピタが書き残した誘拐犯の車のナンバーから、関係者に迫り、拷問して次の関係者の情報を聞き出し、止まる事なく非情な殺しを執行し続ける。

クリーシーが次々と誘拐犯を殺していく様は爽快でありながら、残酷で、物悲しい。勧善懲悪のエンターテイメントでありながら、重くなりすぎない程度に渋い雰囲気が小気味いい。

イマイチな点・・・

クリーシーの復讐劇が上手く進み過ぎている不自然さがある。

協力者にした記者に頼めば欲しい情報がスラスラ手に入り(最後は敵の住所まで)、どの敵もわりと無防備ですぐクリーシーに捕まる。クリーシー自身も綿密に計画している風ではなく、勢いで敵陣に突っ込んでいる感じで、拷問シーンに比べると、捜査過程にはプロフェッショナル感が薄い。

また、街中で豪快に銃火器をぶっ放しているわりにクリーシーが自由に行動でき過ぎているように見えるのも、少し雑な感じがする。そして、ロケット弾まで用意しているわりには防弾チョッキは着ていないのかい!みたいなチグハグさもある。

ストーリーの流れや、渋い演出としては良いと思うのだが(実際、全体的な雰囲気は悪くないし)、それをアリと感じさせてくれるロジックをもう少し丁寧に描いて欲しかった。

少女ピタとの交流

この映画のメインは主人公クリーシーの復讐劇だが、冒頭からの50分は、クリーシーがガードすることになった少女ピタとの交流に時間が割かれている。

 

友人ポールから紹介されたボディガードの仕事も、あまり乗り気ではなく、自分に懐いていくるピタに対しても冷たい態度をとる。ピタの母親に「もう少し仲良くしてくれ」と頼まれても、「社交的な人がいいなら他の人を雇うべきだ」と言って取り合わない。

過去の経験に囚われ、アルコールに溺れ、生きる気力を失いつつあるクリーシー。

しかし、ピタとの交流を通してクリーシーは前向きになり、生きる気力を取り戻していく。

 

ここで、クリーシーの心が開かれていく様子は、凄く緻密とは言わないまでも、丁寧に描かれている。

全くピタと交流する気がないクリーシーだったが、ある日、雨の中で泣いているところを、窓から中庭を見ていたピタに見られる。

翌日、若干気まずそうにピタを学校に送るクリーシー。ここで車に母親が同乗していることで、お互い余計なことを言わず、無言の連帯感が生まれている。その後、クリーシーはピタに鉛筆を借り、返そうとするとピタはそれをクリーシーにあげる。

そして、両親が出かけ、両親不在のため水泳の練習を見守ることになったクリーシーは、ピタの泳ぎを見たことで、ピタの欠点に気づく。

それまで散々自分のことを質問されてめんどくさがっていたクリーシーは、「私の泳ぎの問題は何?」という質問に、的確な答えを返す。質問の内容がクリーシーのことから、「ピタの水泳について」に変化したことで、ようやくスムーズなコミュニケーションが始まる。

そこから、クリーシーは自宅でピタの水泳のコーチをやってあげ、宿題をするピタを手伝うようになる(「ボディガードが家庭教師までするの?」という疑問は置いておこう)。

こうしてクリーシーはだんだんと生きる張り合いを取り戻していく。

そしてピタも、クリーシーとポール夫妻の食事に参加し、両親や学校とは違う新しい関係性の中に入っていく。

ピタにとってはクリーシーは、クールアンクル(両親には話しにくい本心を話せる相手)になり、2人はボディガードと護衛される子供という関係を超え、お互いに喜びを与え合う良き友人になっていく。

 

この2人の交流を描くのに50分も使っている。それによってこの映画は2時間30分弱の長さになってしまっている。

しかし、ここの交流をしっかり描いているからこそ、ピタを奪われたクリーシーの復讐劇に説得力が生まれている。

容赦ない復讐

そして、自分に生きる喜びを思い出させてくれたピタを奪われたクリーシーの、容赦ない復讐。

相手が泣こうが叫ぼうが、苦悶の表情で命乞いしようが容赦ない。クリーシーはなんの迷いもなく、淡々と誘拐の関係者を殺していく。

その殺人の舞台も、人気のない崖の上から、大音量の音楽が流れるクラブの一室、普通に車が通っている道の高架下、民家の屋上とバラエティーに富んでいる。

 

そして、どれだけ悪趣味だと言われても、やはり復讐劇で見ドコロは、命乞いする敵の姿だろう。

最初の敵は、銃を突きつけるクリーシーに対し、「俺が誰か分かってんのか?」と調子に乗った半笑いで質問する。この「お前、今まずいことしてるよ」と調子に乗っているソイツこそ、まずい状況になっている、という痛快さ。

そして、汚職警官のフエンテスは、「これはビジネスで、私はプロだ」と言ってクリーシーに許しを乞う。それに対するクリーシーの「みんなそう言う。俺はプロだ俺はプロだ俺はプロだ俺はプロだ。もう聞き飽きたんだよ」というセリフは、そのビジネスで人を傷つけてきた犯罪者に対して、これ以上ない死刑宣告だ。

そして、主犯格ボイスと取引をするため、クリーシーはボイスの弟を捕まえる。金で解決しようとするボイスに対し、クリーシーはショットガンで弟の指を吹き飛ばす。弟の悲鳴を聞いて焦るボイス。

こうしてクリーシーは、誘拐犯たち、それによって甘い汁を吸ってきた輩に、その報いを受けさせていく。

 

お金を稼ぐために誘拐や殺人を行う犯罪者たちに対し、そいつらを殺すことだけを考えているクリーシーの裁き。この強い意志がブルドーザーのように犯罪組織を瓦解させていく様は、勧善懲悪のストーリーとして爽快だ。 

神に召されるクリーシー

この映画にはキリスト教的モチーフが度々出てくる。

ピタの学校はクリスチャン系の学校だし、クリーシーも聖書に詳しい。ピタはクリーシーにある聖人のネックレスをあげ、ピタの家には宗教的装飾が溢れている。

 

クリーシーは映画序盤で、ある銃弾が不発だったことで命を救われる。まるで「まだ死ぬときじゃない」と告げられるように。

ストーリーは進み、その同じ銃弾が、ある人物を殺す。まるで裁きを下すように。

そして、ラストの橋のシーンは、天に架かる橋のように、とても神秘的な雰囲気で描かれている。そして、銃で狙われるクリーシーの手の甲には聖痕のような傷跡。

この映画のストーリーは、命を救われた男が悪を滅ぼし、最後はその命を犠牲にして他者を救う男のストーリー担っている。

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