映画

アバウト・ア・ボーイ -空っぽの孤独な男と問題の多い孤独な少年の友情-

概要

父から受け継いだ印税によって自由気ままに暮らすウィル。他人と深い関わりを持たず、女性と短い関係を持っては別れ、自分1人の孤島生活を楽しんでいた。

ある日、「シングルマザーは女遊びの相手に最適だ」と考えたウィルは、シングルペアレントの会に潜入し、その会を通じて冴えない中学生のマーカスと出会う。マーカスの母はメンタルに問題を抱えており、支えが必要だと考えたマーカスは母とウィルを付き合わせようと画策する。

しつこいマーカスを鬱陶しくあしらうウィルだったが、だんだんとマーカスと仲良くなり、母親以上にマーカスの問題によく気づくようになる。マーカスはウィルを信用し、ウィルもマーカスを通じて人の為に何かをしてあげる喜びに目覚める。

みんなのレビューまとめ

高評価

  • ちょっとした勇気や優しさが、それぞれの人生を豊かにしていくドラマが心地よく、特に主人公2人の男同士の友情が素晴らしい
  • ライトな雰囲気ながら、貧乏な母子家庭、メンタルの問題、孤独の問題など、重要なテーマを描いている
  • メッセージ性のある映画だが、押し付けがましくないのが好印象

低評価

  • ほっこりはするが、大きく感情が動くストーリーではない
  • 主人公たちに自分勝手なところがあり共感できない

ナニミルレビュー

オススメ度:A

こんな気分の時オススメ:しっかりドラマがありつつ軽いコメディが観たい時。年が離れた男同士の友情を見たい時。ブラックユーモアのある作品が観たい時。孤独を感じている時。

良い点!

ちょっと変わり者であるマーカスの孤独や、ウィルの空虚さ、マーカスの母フィオナの自殺など、重たくなりそうなテーマを描きながらも、コミカルで軽快な映画になっている。

40歳前のプレイボーイと冴えない中学生。2人の友情がだんだんと形成されていく様子を、モノローグを多用しながら、いい意味でドライに描いている点が特徴的。

マーカスとの交流を通して変化したウィルの苦悩、そしてウィルが最後にマーカスを救う展開もアツい。

すごく軽快で見易い映画だが、それが安っぽさではなく軽快さ・コミカルさとして魅力になっている点が凄くいい。緊張と緩和をうまく織り交ぜた展開や、キャラクターのシニカルな視点が、この映画を魅力的にしている。

メッセージとしては、どストレートに「もっと人と関わろう!」と訴えてくるような映画なのだが、絶妙に斜に構えている雰囲気があって、お涙頂戴系のヌルい映画とは違った清々しさがある。

イマイチな点・・・

印税でダラダラ暮らす駄目男ウィルに反感を持つと、彼が自分の空っぽさに気づき、成長するストーリーに乗れないかもしれない。

ウィルに限らず、主要キャラクターが変わり者ばかりなので、そのキャラクターたちに魅力を感じられなければ、楽しめない可能性がある。

あと、マーカスに電話で食事に連れて行ってくれと頼まれた時、ウィルが了承する根拠が単なるウィルの出来心、というのもストーリー的には安易さがある。何か断れない理由があればベターだったかもしれない。

ウィルとマーカスの友情

歳も違う、性格も違う、立場も全然違う2人。ウィルとマーカスが仲良くなっていく様子が、とにもかくにも面白く心地いい。

2人とも問題の多い人間だが、その2人がお互いのために行動するアツい友情を、アツくない雰囲気で描いているのが特徴的。

この映画で描かれる2人の交流には3つポイントがある。

1つ目は、本当にあらゆることが真反対の2人だということ。
2つ目は、2人の友情が寡黙なコミュニケーションで形成されていくこと。
3つ目は、2人が友達になることによって、後半で2人の関係性が逆転すること。

 

まず、ウィルとマーカスの真反対っぷり。

かたや40歳直前、かたや中学生。
かたやセレブ、かたや貧しい家庭の子。
かたやイケてるプレイボーイ 、かたや冴えないはみ出し者。
かたや孤独を愛する男で、かたや勝手に部屋に押しかけてくる少年。

この真反対の2人が、だんだん仲良くなっていく。

当然、真反対だから、最初はチグハグな関係からスタートする。しかしだんだんと打ち解け、仲良くなってしまえば、お互いを補完しあうバディになる。

映画前半は仲良くなっていく過程のときめき、そして映画後半は仲良くなった後の心地よさを楽しめる。

 

そして、この2人が友情を形成していく過程の見せ方も、この映画のポイントだ。

どういう見せ方かというと、2人ともお互いに対して寡黙なのだ。

この映画では、ウィルとマーカスのモノローグが効果的に使われている。ウィルとマーカスは、モノローグを通じて観客には胸中を語るのだが、お互いについてはあまり多くを語らない。

そのドライな雰囲気が、甘すぎなくて丁度いい。

 

例えば、ウィルがフィオナの自殺未遂について「Fucking hell」と感想を漏らすシーンがある。

マーカスは、このウィルの率直な言葉を聞いて、「この事件を深刻に感じるのは自分だけではないんだ」と、安心感を覚える。

しかしウィルは、「マーカスに母親の自殺未遂のことを聞くなんて無神経だった」と反省している。

このお互いに対する気持ちは、モノローグで語られるが、マーカスはウィルに「安心した」なんて言わないし、ウィルもマーカスに「余計なことを言ってしまった」なんて言わない。

他にも例えば、マーカスが虐められていると知ったウィルが、マーカスをデパートに連れて行き、靴を買ってやるシーンがある。

普通の大人なら取らないような、ウィルのこのベストな行動に、マーカスは感動する。

ウィルの方も、マーカスに靴を買ってあげたことで、予想外に大きな満足感を得られる。

ここでも、この2人の気持ちはモノローグでは語られるが、お互いに対して過剰に感謝したりしない。

ウィルとマーカスは、他の誰よりもお互いをハッピーにしているが、それは2人のモノローグを通して観客に知らされるだけで、お互いはお互いの気持ちを正確に知らない。

この関係性が堪らない。

過剰に愛情表現をしたりアツい言葉を掛け合ったりせず、必要最小限のことしか言葉にしないけれど、着実に友情が深まっていく様子が心地いい。

 

そして、この不器用に形成された友情が、クリスマスパーティーの場で噴出する。

パーティーでウィルとスージーが鉢合わせし、険悪なムードになる。気まずさから帰ろうとするウィルを引き止めて、マーカスはウィルの非を必死にかばう。

それまで寡黙に友情を作り上げてきただけに、このシーンはとてもカタルシスのあるシーンになっている。

 

こうして仲良くなったウィルとマーカス。仲良くなったことで、2人の関係に逆転が起きるのがもう1つの面白いところ。

前半では、ウィルは与える側、マーカスが与えられる側として2人の友情が深まっていった。

しかし後半では、ウィルの方からマーカスにお願い事をし、さらにウィルの方がマーカスの影響を受け始めるという逆転現象が起きる。

ここもまた、「恩返し」のような感動の雰囲気がなく、マーカスは当たり前のような素直さで、ウィルのお願いを聞く。

そして、ウィルもマーカスに対する感謝を過剰に表現せず、前半同様モノローグでマーカスへの感謝の気持ちを表す。

 

お互いに与える側と与えられる側、両方の役を担って、関係がイーブンになったところで、マーカスのコンサートという試練がやってくる。

2人はそこで、完全に同じ地平に立つ。同じ困難を一緒に乗り越え、同じように笑い者になる。

最後にマーカスの中学校生活を救うため、ウィルがわざと暴走して、自分の方が笑い者になるように振る舞う展開が本当にいい。

マーカスがパーティーでウィルを庇ってくれたように、ここでウィルはマーカスを庇っている。

 

どちらも褒められた立派な人間とは言えない2人。

その2人が、自分ができる最大限の行為を、お互いのために勇気を持ってやってのける。マーカスは母に反抗し、ウィルは自分のプライドを捨てる。

何度も言ってしまうんだけど、このアツい展開を、ドライにやっているのが、本当に、この映画の凄くいいところ。

緊張と緩和のテンポ感

自殺、虐め、孤独の問題など、重たいモチーフを描きながら、ジメジメした空気を最小限にして、コミカルで軽快なトーンで進んでいくのが、この映画の美点だ。

この映画は終始、緊張と緩和の連続でできている。重たい事件で緊張が起き、間抜けな行動やコメントで緩和させられる。

悲劇を重たく描き、人間関係を感動的に演出するのではなく、むしろ悲劇を軽快に描き、人間関係を淡々と演出しながら、それでも「友達っていいな」と思わせているから、この映画は良いのだ。

 

映画内で、1番暗いシーンであるフィオナの自殺未遂のシーン。

当然、ガーンと暗い雰囲気が流れる。しかし事件のすぐ後、「本当に酷い事件だ。でも救急車の後ろを車でぶっ飛ばすのはサイコーだった」というウィルの不謹慎なセリフが入ることで、この暗い雰囲気が吹っ飛ぶ。

また、レストランでウィルがフィオナに詰め寄られ、緊張が高まるケンカのシーン。

ここでも女性3人に責められたウィルが「僕はイビサ島だ!」と口走ってしまい、みんなが「え・・・イビサって何?」という気まずい空気になることで、コミカルな空気でシーンを終えている。

そして、激しい親子ゲンカになるクリスマスパーティーのシーン。

ここも、マーカスが自殺のことを口走ろうとしたのをウィルが制して、公園でマーカスがカモを死なせた話をすることで、あまりのとぼけた話にみんなで笑い出す。

こうやって、あらゆる暗い展開のシーンは、ギャグによってコミカルに演出されることで、重い空気にならないようにストーリーが進められている。

これらが単なるギャグとしてだけでなく、キャラクターの性格の表現や、キャラクター同士の関係性の説明として、ちゃんと機能している点も上手い。

 

そして、特筆すべきはラストのコンサートシーン。

マーカスは学校の出し物として、『キリング・ミー・ソフトリー』を全校生徒の前で歌うという社会的自殺行為を行う。

怖気付いた伴奏の同級生に裏切られ、1人で冷たい空気の中で歌い出すマーカス。会場はマーカスの心にトラウマを残すような重たい緊張感。

そこにギターを弾くウィルが登場する。明らかに不揃いで間抜けな二人組に、会場はぽかんとして緊張が緩む。マーカスは笑顔になり、なんとか最後まで歌い切る。

ここに最後の、緊張(マーカスの独唱)と緩和(ウィルの乱入)がある。

軽快な映画の雰囲気を作りながら繰り返されていた緊張と緩和の展開が、ラストではそのまま、ウィルがマーカスを救う展開に昇華している。

ウィルがマーカスを救う決定的なシーンも、ベタッと感動的に描かずに、この映画全体に通底する軽快なトーンで描かれている。

この映画は本当に軽やかで、ちょっと皮肉っぽくて、小気味好い雰囲気に仕上がっている。

この軽快さが、辛いことがあっても、あまり深刻になりすぎなくてもいいんじゃないか、という前向きさを醸し出している点も、この映画の素晴らしいポイント。

空っぽのウィルの成長

「No man is an island.」というフレーズで始まるこの映画は「孤独」をテーマにした映画である。

「孤独」をどう定義するかは人それぞれだ。

この映画では、ウィルの葛藤を通して、「自分の人生を共有する相手がいないこと」が孤独だと示されている。

 

ウィルは中身は空っぽだが、プレイボーイ であり人とよく接している男だ。彼は物理的には孤独ではない。

ウィルにとって自分の空っぽさは、気まずさの元ではあった。しかしそこまでの問題ではなかった。空っぽな関係しか必要としていなければ、自分の内面の空っぽさは問題ではない。

マーカスとの交流を経た後、ウィルはレイチェルという女性に真剣に恋をする。そこで初めて自分の空っぽさが問題として認識される。(ちなみに、ウィルが自分の空っぽさに苦しむこのシーンのみ、ギャグがなく重たいシーンになっている。)

ウィルは「レイチェルと、自分の人生を共有したい」と思ったからこそ、自分の人生に共有するべき中身がないことに絶望した。

ウィルは生まれて初めて、誰かと自分の人生を分かち合いたいと思ったからこそ、空っぽであることの問題に気づき、本当の意味で「孤独」を感じている。

周りに人がいるかどうか。一時的な付き合いを持つ相手がいるかどうか。そういうことは孤独かどうかの基準ではない。「人生を共有する相手がいないこと」というのが、この映画が示す「孤独」の定義なのだ。

その上で、ウィルの場合は孤独の原因が反転していて、共有したい相手はいるのに、共有すべき人生がない、という状況に陥っている。

そして、この問題を認識したからこそ、空っぽな自分の人生の中に唯一存在するマーカスの重要性に気づく、という展開になっている。

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