映画

ほえる犬は噛まない -皮肉たっぷりな出来事と温かい人間関係-

概要

妊娠中の妻の稼ぎでニートのような生活をしている大学非常勤講師ユンジュ。彼は団地に響く犬の鳴き声に悩まされていた。ある日、団地の廊下を歩いていたユンジュは飼い主からはぐれた犬を発見。若干の罪悪感にかられながらも、犬を捕まえて地下室の廃棄家具の中に閉じ込めてしまう。

しかし、ある夜また犬の鳴き声が響く。急いで外に出ると、吠えていたのは捕まえた犬と別の犬だと判明。ユンジュは急いで地下室へ行き、家具を開放するが、犬は団地管理人の男に食べられてしまっていた。

後日、懲りないユンジュは吠え犬を捕まえ、団地の屋上から放り投げる。団地管理事務所で働くヒョンナムは、それを遠くから偶然目撃。ユンジュを追いかけるが、寸前で邪魔が入り失敗。

ようやく犬から解放されたと思ったユンジュだが、今度はユンジュの妻が勝手に犬を飼い始める。妻に頭の上がらないユンジュは妻の命令通り犬を散歩に連れ出すが、目を離した隙に犬が逃げてしまう。

ユンジュは皮肉にも、今度は自分の犬を探すために団地中に行方不明犬の張り紙をする。3匹連続で犬が消える事件に心痛めたヒョンナムは、ユンジュが犬殺しの犯人だと知らないまま、犬の捜索を手伝うことにする。

みんなのレビュー

高評価

  • それぞれ難あるが憎めないキャラクターたちとその顛末に、不思議な気分になれる
  • 常に引きのある展開が続くので最後までだれずに楽しめる
  • ブラックユーモアとして、笑える場面が多く、それとなく社会風刺も含まれている

低評価

  • 犬がひどい目にあいすぎて嫌な気分になる
  • ストーリーの軸がはっきりしないし、登場人物たちの行動にも説得力がない
  • 無駄な会話が多くテンポがよくない

ナニミルレビュー

オススメ度:B

良い点!

次々に起こる不思議な出来事

「団地」という限られた舞台を使って、個性的なキャラクター達による、やや非現実的で寓話的な雰囲気のあるストーリーが語られていく。

リアルさではなく、「楽しい作り物」を観ている感覚がある作品。リアリティというよりはマンガ的な面白さ、絵本的な面白さという感じ。

そんなちょっととぼけた雰囲気の中で、次々と巻き起こる皮肉のきいたブラックユーモアたっぷりなストーリーが笑えて面白い。

良い意味で、「映画なんだから面白い出来事を描けばいいんだ!」という力強さがあるというか、この舞台、この人物たち、この人間関係をいかに面白く、魅力的に描くかに腐心しているような印象。

そもそも、主人公の一人ユンジュはなぜあそこまで犬の鳴き声を憎むのか。もちろん抑圧された生活の中でストレスがたまっているのだろうと想像できるけど、とはいえ、さすがに普通は殺さないだろ。

でもユンジュは繰り返し犬を殺している。なにせユンジュが犬を殺さないとストーリーが進まないから。

このある種の嘘っぽさというか、ストーリーを転がすためのちょっと強引な設定が、この映画の「楽しい作り物」感を醸成している。

ユンジュ1人がそんな調子だと、さすがについていけないと感じてしまいそうだが、この映画は全体的にそういう風で、バランスが取れている。

ヒョンナムの行動も、犯罪に立ち向かった市民が表彰されるニュースを見てその姿に憧れる、というような、いかにもそれっぽいけど、でも普通それだけで職を失うほど正義のために行動したりしないだろうという動機で行われる。

もちろん、細かい補助的なシーンを入れていて(電車で席を譲るシーンなど)、説得力がある描き方にはなっている。でも、それもリアルというよりは定型的な感じ。しかしそれが良いよねっていう雰囲気の映画。

定型的でも丁寧にやれば、ちゃんと説得力が生まれるのだ。

全体的にデフォルメのきいたキャラクター、団地という舞台の描き方であり、それが非現実的な出来事の連続といい塩梅で絡まっていて、この世界観をとても魅力的なものにしている。

ブラックさと間抜けなユーモア

かなりコメディ色の強い映画。それも無邪気に笑うというより、ブラックユーモアだったり、もしくはシュールな感じ、人物の意図が読めない行動でじわじわ可笑しさが湧いてくるようなギャグが多い印象。

結末も含めて、全体的に皮肉っぽい。

罪悪感を感じながらもユンジュが廃棄された家具の中に閉じ込めた犬。のちにユンジュは自分が殺したかったのはこの犬ではなかったと分かり助けようとするのだが、まさかの別の男がその犬を犬鍋にして食っていたという展開。

そして、ようやく吠える犬を殺して安心した矢先、妻が勝手に犬を飼い始める。しかも散歩の途中に逃げられてしまい、存在を消したかったはずの犬を必死に探すことになる。

この飼い犬をめぐって、ユンジュと妻の関係も温かいドラマとして描かれているのだが、もはやそのドラマも、この皮肉な展開(消えてほしかった犬を探す)を描くための脚本的な都合で描かれたものに過ぎなかったのでは・・・、と思えるほど、とにかく「皮肉」がストーリー全体を貫いている。

さらに、もう1人の主人公ヒョンナムは、消えた犬やその飼い主のことを気遣うあまり仕事をクビになってしまうのだが、まさにその犬を殺した犯人のユンジュの犬探しに協力し、良き友になってしまう。

そして、ヒョンナムたちが捕まえたホームレスの男は、たしかに犬を殺して食おうとしていたのだが、それは未遂に終わっており、それ以前から犬を殺して食っていた警備員の男はユンジュと同じように不問に付されている。

そしてその警備員の取材映像はテレビで放映され、放映されるのを望んでいたヒョンナムの取材映像はカットされてしまう。

これらすべての皮肉が、妙に小気味よく描かれているのがこの映画の特徴と言えると思う。

いやぁな皮肉っぽさというよりは、残酷さはあるのだが、どこか警戒で楽しい雰囲気で描かれている。

それはやはり、この映画全体から醸し出される作り物っぽさから来ていると感じる。

このような皮肉だけでなく、各シーンで描かれるこまごましたギャグもいい。

体調を崩した老婆の見舞いに来たヒョンナムが、老婆が唾を吐くのを見てちょうどいい位置にゴミ箱を移動させるシーンとか、老婆の犬を誘拐するものすごくバカっぽい活劇シーンとか、ばかばかしくて素晴らしい。

また、ユンジュとヒョンナムのチェイスシーンでの団地の構造をうまく使った映像の見せ方はとても気持ちいいし、最後、ドアに激突し介抱されるヒョンナムと、その上の階の廊下を歩き部屋に入るユンジュを同じ画面で捉える構図は団地ならではのギャグでとても良い。

あと、あざといけど切り干し大根のギャグとかね。ヒョンナムがマジでユンジュが犯人だと気づかない感じとか。

もうあらゆるシーンからコメディがただよってくる楽しい映画になっている。

愛のある人間関係

皮肉たっぷりでブラックユーモア満載の映画でありながら、そんなにいやな感じがしないのは、基本的に人間の描かれ方が温かいからだろう。

この映画がとても良いと思うのは、それぞれの登場人物自身がとても魅力的という描き方というよりも、夫妻関係や友人関係によって、その人の魅力が浮かび上がってくるように描いているところ。

そもそも主人公ユンジュはうだつの上がらない男であり、犬を殺してしまうようなかなりどうしようもない人間である。

このユンジュに人物としての魅力が宿るのは、妻との関係を通してだったり、ヒョンナムとの関係を通してだったりする。

妻はユンジュを尻に敷いているが、とはいえ横暴に振舞う悪妻というわけではなく、「この2人は仲悪くはないな」という感じが最初の登場シーンから醸し出されている。ここの多く語らないけど、関係性が透けて見える描き方はすごい。

この冷めたようでも破綻していない夫妻関係を序盤から描き続けているからこそ、終盤での妻のやさしさにも説得力がちゃんとあるし、だからこそ、ユンジュが必死に迷子の犬を探す様子にも説得力がある。

例えばヒョンナムの友人チャンミが魅力的に見えるのは、ヒョンナムとの友情を通してだ。

チャンミは終始ぐーたらしており、パッと見好感度の高いキャラクターではない。だが、電車でヒョンナムの髪を撫でるシーンでヒョンナムに対する温かさが表れており、そんな彼女だから、ヒョンナムのピンチには絶対駆けつけるだろうという説得力が生じている。

この映画は、ストーリー上悪役の側にいる人間も、人間らしさがあり、いわゆる「悪」ではない描かれ方になっている。

そもそもユンジュも犬殺しという意味では悪役だが、ユンジュの苦悩や妻との関係が描かれることで、その立場は曖昧なものになっている。

犬を食っている警備員も、それ以外に関してはまったく気のいいおじさんであり、悪人という描かれ方ではない。

そして、最後捕まってしまうホームレスの男。犬を丸焼きにしようとしているシーンではとても極悪な感じがする。さらにヒョンナムを追いかけることで怖い存在として描かれているが、ヒョンナムを捕まえると「お前の犬か?」と聞き「違う」と答えると「じゃあ、一緒に食おう」とヒョンナムに提案する。

つまり、この男は単に御馳走が食べたいだけのホームレスであり、別に悪人ではなく、ヒョンナムを傷つけるつもりも全くない。

この映画で悪の立場を形成しているのは「犬殺し」なのであり、人間に対して暴力を振るったりする人間はいない。

もっと言えば、団地にはペット禁止のルールがあり、犬の飼い主もまたルールは破っている。

だから、誰がどれくらい悪かどうかは、見る人が「犬」をどういう風に捉えているかの問題によって変わる。

そして、その「犬」をめぐる問題は映画を観ている観客の方にも波及してくる。

「犬」をめぐる不思議なストーリーを通して、ある存在に対する価値観によって、その存在に接する人間の善悪の境界が決まっていく社会の仕組みを象徴的に描いていると言えるのかもしれない。

イマイチな点・・・

とにかく序盤、最初の30分はテンポが悪い。

無駄話が多く、ストーリー上必ずしも必要と言えない場面もある。

例えば、ボイラー・キムの話は端的に要らないし、事故死したユンジュの知人の話も、あそこまでネチネチ話す必要性はまったくない。

ボイラー・キムの話については、いかにもな語り方がされていて、監督がこういう場面を撮りたかったんだろうなぁ、という感じがした。そして、その演出自体は面白いのだが、やはり、その間ストーリーは止まっているし、さすがに長いなと感じた。

とはいえ、ここでは一応ユンジュが同じ部屋で隠れているという緊張感が最低限描かれてはいる。にしても、長い。

また、夜中にヒョンナムにイタズラ電話がかかってくるシーンも、ヒョンナムの目立ちたがりなキャラクターを描いていくために必要なシーンなのかもしれないが、あまり上手くストーリーに収まっている感じがしない。

ヒョンナムが事務所を掃除するシーンなどもゆったりと描かれており、このゆったり感自体は悪いと思わない。

だけど、冒頭から犬を殺そうと試みる男が登場するサスペンスフルなストーリーなので、観客は当然「早く先が見たい」と思っている。そこでゆっくり掃除のシーンなんか見せられたら、モタモタしている印象を持ってしまうだろう。

中盤から後半にかけて、しっかり登場人物たちが絡んでいくところはとてもよく、そこを充実させるためにもキャラクターに厚みを持たせる必要があったんだろうなという感じはするのだが、にしても最初だらだらした印象はぬぐえない。

まとめ

団地という現実的な場所でありながら、とても寓話的で不思議な感覚を覚えるストーリーで、とても面白かった。犬殺しが何度も発生するブラックで皮肉たっぷりな内容ながら、全体的に軽快でユーモラスな空気が流れており、牧歌的な人間関係も心地いい。

またヒロイン:ヒョンナムの魅力がとても印象的で、だらしなさとピュアさと勇敢さが相まったキャラクターでとても好感度が堅かった。またユンジュの妻も、言葉も少なく、態度も冷たいのに、しかし優しさを感じさせる魅力があった。

とにかく犬が死ぬので、愛犬家の方は嫌悪感を感じてしまうかもしれないが(グロいシーンはそんなにないけど)、それを除けばかなり魅力的な作品になっていると思う。

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