映画

アメリカン・ビューティー -生きる希望は不埒な欲望-

概要

郊外に住むバーナム家は一見幸せな家庭。しかし夫レスターは退屈な毎日に疲れ果てており、妻キャロラインはキャリアウーマンとして奮闘するも成果は今ひとつ。娘ジェーンも思春期に突入し、家族はディスコミュニケーションに陥っている。

娘への関心を示そうと、夫妻は娘のチアリーディングの晴れ舞台を見に出かける。レスターはそこでジェーンと共に踊る女子高生アンジェラに釘付けになってしまう。

同じ頃、バーナム家の隣にフィッツ家が越してくる。フィッツの息子リッキーはマリファナを売りながら自由に生きている変わり者。レスターはそのフィッツの堂々とした態度に感銘を受ける。

リッキーに感化されたレスターは、アンジェラと寝るため筋トレに励み、さらに家庭も仕事も顧みず、勝手気ままに振る舞い始める。

みんなのレビュー

高評価

  • 社会問題や人間の弱さを辛辣ながらコミカルに皮肉っていて面白い
  • キャラクターたちの抱える問題に共感できる
  • キャラクターたちの虚栄が剥がれる様と、堂々と自由に生きる主人公の姿が清々しい
  • 映像が美しい

低評価

  • 主人公の大人気なさが嫌いで乗れない
  • 暗い雰囲気で観ていて苦しかった
  • 社会問題の多さや、チグハグな雰囲気(深刻・コミカル)によってストーリーについていけなかった
  • どのキャラクターにも共感できない

ナニミルレビュー

全体的なレビュー

「私は1年以内に死ぬ」。このレスターのモノローグから分かるように、ストーリーの大枠は「誰がレスターを殺すのか」というミステリーになっている。

しかし、ストーリー内で大きな比重を占めるのは、「平凡」と「非凡」を巡るキャラクターたちの葛藤ドラマ。誰もが理想の自分と現実の自分、他者からの視線の板挟みにあって苦しんでいる。

そのドラマの中に、女子高生に恋する中年男、セックスレスの中年夫妻、キャリアウーマンの不倫、同性愛、不安定な思春期の恋愛など、さまざまなロマンスが詰め込まれている。

「女子高生とヤりたい」という不埒な欲望で、人生に活力を取り戻してくレスターの姿は滑稽なんだけど清々しい。映画全体で描かれる鬱屈した生活との対比により、レスターの自由さが際立っている。

板挟みで苦しんでいるキャラクターたちの中、その苦しみから逃れ、自分の欲望に忠実になることの心地よさを(良くも悪くも)描いている。

そしてレスターの計画の絶頂と、ミステリーの種明かしが重なり合うラストは、キャラクターたちの虚飾が剥がれていくスリリングな展開になっている。

見終わると、充足感と喪失感を同時に感じるような不思議な余韻に浸ることができる。

単に欲望を全開にして生きるレスターを描くのではなく、ラストではその欲望を乗り越えたレスターを描いているのが良い。これによって余韻が心地よく、かつ単に露悪的ではないメッセージを伝えている。

平凡と非凡で揺れるキャラクター

この映画のキャラクターたちは「平凡」と「非凡」の間で揺れ動いている。

最も平凡で退屈な男だったレスターが、非凡さを獲得していく一種のサクセスストーリーが、ドラマの軸だ。

ざっくりと、各キャラクターの状態を書いてみる。

リッキー:最も非凡なキャラクターで、周囲に影響を与えるカリスマ
キャロライン:自己啓発をしながら非凡なビジネスパーソンになろうとしているが上手くいかず、追い詰められる
ジェーン:自分の平凡さにコンプレックスを持っていたが、リッキーに見初められて自信を獲得する
アンジェラ:平凡を嫌悪し、非凡である自分を必死に演出。その焦りがレスターを受け入れる動機になり、最終的にはレスターの優しい言葉に救われる
フランク:自分がマイノリティであることを受け入れられず、平凡さにしがみつこうとしている
 

キャラクターたちが悪戦苦闘する中、レスターだけが、自分の意思と行動によって非凡さを獲得するキャラクターだ。

レスターと対比的に描かれているのは妻のキャロラインだ。

キャロラインはレスターと同じように、自分の意思と行動によって非凡になろうと努力している。しかし、キャロラインは上手くいかず、精神的に追い詰められていく。

レスターとキャロラインの違いは何か。それは自分に素直かどうか。自分の欲望に忠実かどうかだ。

レスターがソファでキャロラインに迫るシーンが、この2人の違いを表す象徴的なシーンになっている。

レスターが「若かった昔のように楽しもう」と語りかけ、いい雰囲気になるが、「ソファにビールをこぼさないで」という一言で、キャサリンが楽しい時間を台無しにする。

その後、レスターは「ソファなんてただの物だ!」と激怒するが、キャロラインは「4000ドルもしたのよ!」と言い返して口論になる。「人生より物が大事か?」と諭すレスターの横をすり抜けて、キャロラインは2階に逃げていく。

レスターはなぜ非凡になれたのか。それはレスターが異常に素直だからだ。

レスターは「女子高生とヤりたい」という、なんとも卑俗な欲望に身を任せ、さらに16歳のリッキーの姿に感銘を受け、なんの恥じらいもなく彼の影響を受ける。

このレスターの素直さこそが、彼を非凡な男に成長させる。

自己啓発にハマるキャロラインは、何か高尚なイメージに取り憑かれている。自分の欲望ではなく、社会的成功を軸に人生を生きている。だからキャロラインは殻を破れない。

自分の理想とする成功者ケーンに近づき、自分のちっぽけさから目を逸らそうとしているが。結局ケーンはキャロラインを非凡にはしてくれなかった。

よく考えれば、高校生のアンジェラに熱を上げているレスターは、キャロラインの不倫を偉そうに言える立場ではない。しかしレスターは異常に堂々とし、キャロラインは不倫を咎められて泣き崩れる。

レスターは自分の欲望を恥じないし、迷いがない。この素直さこそレスターの非凡さだ。

ここに「自分の人生」を全力で生きる男の強さが現れている。

非凡さよりコミュニケーション

アンジェラとジェーンはティーンエイジャーらしく、どちらも自分の平凡さを恐れてる。

ストーリー内で、2人ともこの恐怖から救われる。

ジェーンはリッキーに見初められることでこの恐怖を乗り越え、アンジェラはレスターに優しい言葉をかけられることで安心する。

この2人はレスターと違って、自分の変化によってではなく、誰かに認められることで救われるキャラクターだ。

アンジェラとのセックスを思いとどまったレスターは、アンジェラに「最近、ジェーンはどう?」と質問する。

これは、それまで自分の欲望にのみフォーカスしていたレスターが、その欲望を乗り越え、ストーリー内で初めて本心からジェーンに関心を示す言葉だ。

そして、「ジェーンは恋をしている」というアンジェラの言葉を聞いて、嬉しそうに「良かった」と呟く。

さらに、アンジェラが「あなたはどう?」とレスターに質問すると、「そんな風に聞いてもらえるのは久々だ」と驚き、「幸せだよ」と答える。

このシーンでは、映画内で最も暖かい空気が流れている。そこで行われているのは、「他者に興味を持つ」という行為だ。

ここで、この映画のキャラクターたちには「相手を本当に理解しよう」という気持ちが希薄だったんだということに気づかされる。

バーナム家もフィッツ家も、家族はまともに会話をしておらず、たまに話しても自分の意見を主張するばかりで相手の話を聞こうとしない。ジェーンとアンジェラも自分の意見を言うばかりの上っ面な友人関係を続けている。

唯一お互いについて語り合うのは、ジェーンとリッキーだけで、この2人だけが信頼関係を形成している。

レスターが一番幸福そうにしているのは、自分の欲望を達成しようという瞬間ではなく、自分の娘が幸せだと知った時。そして自分には家族がいるんだと再認識した時だ。

欲望に素直になった清々しいレスターを気持ちよく描きながらも、しかし、レスターが最も幸せになるのは、自分の周囲に関心を示し、そしてアンジェラと暖かいコミュニケーションを交わした時。

つまり、相手を利用しようとするのをやめ、お互いを個人として尊重しあった時だった。

他人をコントロールしても幸せになれない

誰にも認めてもらえなかったキャロラインとフランクは、凶行に及ぶことになる。(結果的にキャロラインは犯行を犯さなくて済むが)

フランクは、自分がゲイであることをひた隠しにして生きてきたに違いない。ようやくそれを打ち明ける時が来たが、不幸なことに、フランクは勘違いからゲイではないレスターにキスしてしまう。

レスターは驚いて、フランクを拒否する。

レスターに悪気はないとはいえ、長年の秘密(自分にとっては最も恥ずかしいこと)を打ち明けて、それを拒否されたら、誰だってひどく傷つくだろう。このフランクの失意自体は、多くの人が共感可能なものだと思う。

しかし、だからと言ってレスターを殺すのはやり過ぎだ。

フランクがレスターを殺すのは、フランクがプライドの高さゆえ「この事実を抹消したい」と考えたからだろう。

自分がゲイだと認めたこと、レスターに拒否されたこと、自分の最も弱い姿を隣人に見せてしまったこと。この事実にフランクは耐えられなかった。

フランクは「他人にそういう人間だと思われたくない」という考えに固執して凶行に及んでしまう。

他人の中にある自分のイメージをコントロールしたいという欲望。これがフランクを殺人者にしてしまう。

キャロラインはどうか。

キャロラインは「他人の犠牲者にならない」という自己啓発の音声を聞いて、犯行を決意している。

つまりキャロラインは「レスターが自分の人生を不幸にしている」と考え、「レスターを殺せば幸せになれる」と考えている。

しかし、実は相手の人生をコントロールしようとしているのはキャロラインの方である。

レスターのやることなすことにいちいち小言を言って、相手の行動を抑制しようとしているのはキャロラインだ。

キャロラインの不倫を発見した時でさえ、レスターが言うのは「もう僕にごちゃごちゃ言うのはやめろ」ということだけで、キャロラインに「ああしろ、こうしろ」とは言っていない。

キャロラインを苦しめているのは、「自分の人生はこうあるべき」「自分の家族はこうあるべき」という成功者としての自己イメージであって、レスターではない。

フランクにしてもキャロラインにしても、「他人からどう見られるか」「自分はどういう人間であるべきか」という部分にばかり目がいっていて、自分の本当の欲望に向き合っていない。

キャロラインは資本主義的成功に、フランクは「ゲイは悪」という間違った社会通念に従うことに目を奪われている。

最後、幸福感に包まれるレスターの姿を見せることで、この映画は、「欲望から目をそらすのではなく、欲望を乗り越えなければいけない」と訴える。

この2人と違ってレスターは、一度、自分の欲望以外のことに全く無関心になる。そして、自分の欲望を乗り越えることで、周囲への関心を取り戻し、その時に最高の幸福を味わう。

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